「采女幻想」を、くつがえす
伊集院さんはいつも旅をしている。
2014年の『古代の女性官僚 女官の出世・結婚・引退』(吉川弘文館)の冒頭では、鳥取県のお寺の裏山を登っていた。八世紀初頭の都で、女官として勤め上げた豪族女性の墓に詣でるためである。この本が明らかにした女性官僚のリアルな実像(それこそ採用条件、配属先、業務、勤務評定、そして定年に至るまでの…)は、女性史のみならず歴史学業界にセンセーションを巻き起こした。
それから十年。2024年に出された本書の冒頭、伊集院さんは月明かりに照らされた猿沢池畔にいる。采女たち(もちろんコスプレ)を乗せた管絃船がゆっくりと横切っていく。采女祭に集った大勢の観光客たちは、「采女とは?」という伊集院さんの問いかけにこう答える。「天皇の思し召しがなくなって入水した、奈良時代の女官ですよね」。すなわち、この最新作が目指すのは、采女を天皇に性的に奉仕する存在と見做してきたこのような「幻想」の覆しである。
時代軸が長い。前著をはるかにさかのぼる雄略天皇の時代から、大化の改新を経て采女制度が律令上の全国的な施策に結実していく時代まで。それはすなわち、女性の活躍を必然とした双系的親族結合を基盤にした社会が、中国的父系原理によって根底から変容を強いられていく過程でもある。空間軸もでかい。倭国と朝鮮半島の間を行き来したそれぞれの国の采女たちの活躍が(いわば外交官!)、そして任務の帰結としてもたらされたアンハッピーエンドが、冷徹に記されていく。方法論も多彩である。『日本書紀』に記された工匠(木工)と采女の受難伝説の真相を探るべく、大工道具の博物館で、古代の工具を実際に試したというあたりには、長いジャーナリスト生活で培ったジェンダー視点を携えて、古代史探求に身を投じた異色の研究者ならではの身構えがうかがえて拍手したくなった。
その結果、描き出された采女たちの姿とは? これについては、是非、本書を手に取ってご確認いただきたい。
目下の伊集院さんは、研究仲間たちとともに、東アジア諸国での資料探索の旅を続けていると聞く。胸方神のご加護あらんことを祈りたい。「胸方神?」と思われた方も、是非、本書をご参照ください(「胸方神への派遣と『姧』」の項)。
◆書誌データ
書名 :采女 なぞの古代女性: 地方からやってきた女官たち (歴史文化ライブラリー 605)
著者 :伊集院葉子
頁数 :240頁
刊行日:2024/8/21
出版社:吉川弘文館
定価 :1870円(税込)