
すべての人の尊厳が守られる社会をめさしてーー「平等元年」から40年
*浅倉むつ子さんという人
労働法とジェンダー法を専門とする研究者の浅倉むつ子さんが、2025年4月に、新しい本を出した。『尊厳の平等という未来へ』という本である。600頁を超える大著でずっしりと重い。高い本だが、浅倉さんの思いがしっかりつまっていて、どこを読んでも読みごたえがある。
浅倉さんは早稲田大学を2019年に定年退職した。その後、女性差別撤廃条約の選択議定書批准を働きかける「女性差別撤廃条約実現アクション」の共同代表や、女性差別撤廃条約の研究・普及活動をする「国際女性の地位協会」の共同代表をしている。
今回の本は、浅倉さんが、この10年ほどの間に書き上げた44本の研究論文を、11章に構成し直してまとめている。忙しいNGO活動の最中、たゆまずに研究者としての仕事を積み上げてこられたことに感嘆する。だから、この本に含まれている大切な視点を、多くの人に紹介したいと感じた。
研究者の方々は、たぶんどこかの法律専門誌で、書評を書くだろう。私自身は、研究者ではなく、労働の現場で受けた性差別を裁判に訴えてきた原告経験者である。当事者としての経験に照らしながら、浅倉さんの著作を読んでみた。その中で、初めて気がついたことがある。それは、「『労働法』『ジェンダー法』に助けられて、今の自分がある」、ということだ。
*男女コース別雇用制度とたたかう:東和工業事件の原告の視点から
そういう私自身の経験を、まず、お話ししたい。私は、設計職に就いて12年、2級建築士の資格も取り、仕事に楽しみと生きがいを感じながら働いていた。ところが、2002年6月、会社が突然、男女別のコース制を導入して、男性は新入社員でも「総合職」に、女の私だけが「一般職」にされた。是正して欲しいと訴え続ける一方、悶々としながらも一層仕事に集中した。でも、時が経つにつれて、私の仕事の価値を否定されただけでなく、人間として価値が無いと全否定された気持ちに陥った。さらに、上司から日常的なパワハラに遭った。思い余って抗議した時、上司は「女が働くことは好きではない。ましてや専門職に就いているのはなお…」といい、挙句の果てに「いじめてないでしょ」と言った。
そのとき、「加害者は加害に気づかない。でも、これは彼の資質や性格によるものではなく、女性差別だ。差別には負けないぞ」と、自分に言い聞かせた。会社に対しても、「いつか提訴してやる」と、くじけそうになる心を支えた。差別に対する知識や尊厳に対するこだわりが、その決意を支えてくれたと思う。折にふれて、労働法やジェンダー法を少しずつ学んできた知識に助けられたのだ。
定年退職が迫る中、「このまま黙って退職したくない。これからの後半生をどう生きるのか」と自問して、在職中に提訴することにした。自分なりの正義を貫く方を選んだ私は、2011年11月、東和工業事件という裁判の原告になった。本件については、浅倉さんの本の158頁、371頁でとりあげられている。
裁判では、虚偽と差別意識の詰まった会社書面を、数日間も開封できないほど、痛めつけられた。でも、その痛みを「差別とたたかう」エネルギーに変えることができたのは、弁護士、支援者の仲間たち、そして、浅倉さんたち研究者の著作や論文の存在だった。それらは、私の折々の疑問に答えてくれる内容だったし、思考や行動の指針だった。ずっしりと重みのある論文にも、本当に助けられてきた。
*国連女性差別撤廃員会への個人通報制度を求めて
2016年6月、最高裁にまで上告したが、翌年棄却されて、裁判は終わった。会社の取扱いは、女性差別撤廃条約違反だということも訴えたが、裁判所はこれに応えてくれなかった。日本では、せっかく批准された条約が、裁判では活かされないのだ。「条約は絵に描いた餅なのか」と、怒りと同時に、司法に対する不信感が高まった。そんなときに出会ったのが、「女性差別撤廃条約実現アクション」の活動だった。もし、条約の選択議定書を日本が批准すれば、最高裁で敗訴した私のような人も、国連の委員会に「個人通報できる」ようになるのだ。
私も国連に個人通報したい、と痛切に思った。いま、私は、「実現アクション」の一員として、富山で活動をしている。富山県下の各自治体に、選択議定書の批准を求める意見書を採択させるための取り組みである。この活動についても、本書の410頁が紹介している。2024年10月には、ジュネーブで行われた女性差別撤廃委員会の日本審議で、ロビー活動と傍聴にも参加してきた。日本政府がジェンダー平等にいかに後ろ向きかを、目の当たりにする経験だった。
浅倉さんはいう。「人は誰も差別や暴力や偏見に貶められてはならない」。この信念に基づいて、現実の日本社会のさまざまな差別問題に光をあて、解決に向けた提言を示しているのが、本書である。ジェンダー平等社会の実現に取り組んでいる人達にも、また、企業や政府関係者にも、そして裁判官にも、ぜひ本書を読むことをお薦めしたい。
◆書誌データ
書名 :尊厳の平等という未来へ
著者 :浅倉むつ子
頁数 :650頁
刊行日:2025/04/27
出版社:信山社
定価 :12500円(税別)
