2011.10.05 Wed
「よくわからないから、何も言えない」
原発や放射能の話題になると、友人の多くはこのように言って、話を変える。
福島の原発事故が、私たちの未来にどのような影響を及ぼすのか。結果がでるのはまだ先だ。様々な情報があふれる中、自分の信じたいものを、それぞれが選び信じるという状況に、私たちはいる。
しかし「もしかしたら効くかもね。どれがいいかわからないけど、やってみれば?」という、リンゴダイエットやグレープフルーツダイエットのような健康法の話と、放射能の話とではわけが違う。
「何が正しいのか、わかんないけど。もしかしたら危ないかもね。でも、危なくないかもしれない。気にしてもしょうがないよ」では、すまされない。
これは命と人生に、深刻に関わる問題だからだ。
例えば、ドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・ハート』(マリアン・デレオ監督、2003年、アメリカ)では、チェルノブイリ原発事故から25年たった今も、汚染地域の新生児の85%が何らかの障害を持っているという事実を取り上げている。「チェルノブイリ・ハート」とは、事故後に次々と生まれた、心臓に重度の障害を持つ子どもたちのことだ。
福島の原発と、チェルノブイリの原発事故が、同じとはいうのは乱暴だ。しかし、もしかしたら、私たちが体験することになるかもしれない未来の一つを、示している。
「よくわからないから、何も言えない」という言葉は、現実を語る言葉にはなり得ない。無力感と共に、現実から目をそらし、逃げているだけだ。
『沈黙の春を生きて』は、当事者であることから目を背けた、こうした言葉を破壊する威力がある。「わからない」では逃れられないような、障害に苦しむ人々の姿が写しだされている。
そして、私たちが今、何をすべきなのか、何と闘っていかなくてはならないのか、あきらめている場合ではないことを、教えてくれる。
「こんな子供が生まれたのは悪夢のようでした。両親はお互いに自らを責めました」と、アメリカ人女性のヘザーさんは、映画の中でヘザーさんは語る。彼女は片足と指が欠損して生まれた。
当初、原因はわかっていなかった。けれども、帰還兵の子ども達の障害の原因は、化学物質ではないかと疑われ始め、ヘザーさんの両親は確信した。父親はベトナム帰還兵だった。そして、枯葉剤が原因であると、声をあげ始めた。
「彼はいつも言っていました。“子供まで戦争に連れて行っていたとは思わなかった”と。“君にこんなことが起こると知っていたら、兵役を拒否していた”と。(略)父が徴兵された時から、ベトナム戦争は私達の人生にいつも影を落としていました」
父と子、2世代にわたる長い闘いは、続いている。
枯葉剤は、ベトナム戦争時にアメリカ軍によって、散布された。
枯葉剤には猛毒のダイオキシンが含まれており、その被害は今現在も続いている。そして、戦場となったベトナムだけでなく、アメリカにも被害者がいる。ベトナム帰還兵の多くが、そして彼らの子どもや孫が、今も枯葉剤の被害に苦しんでいるのだ。
当時、アメリカ政府は枯葉剤について「人体に影響がなく、土壌も一年で回復する」と説明していた。現在も、アメリカ政府は被害の責任の多くを認めてはいない。ヘザーさんはアメリカ政府から被害者であると認定されず、なんの補償も受けていない。
因果関係の証明には、時間がかかる。もしかしたら、証明なんて不可能かもしれない。これは枯葉剤の問題だけでなく、放射能の問題に関しても同様だ。
坂田監督はパンフレットの中でこう述べている。
「やはりアメリカが加害者、ベトナムが被害者という図式じゃなくて<力のあるもの=権力者それから企業>対<下にいる人々>、それは国と国の国境を超えたものなんじゃないかと思うんですね」
この構造は、福島原発事故も同じだ。
「事故と障害の因果関係の証明には時間がかかります。福島原発事故のさなかにいる私たちは、今、何と闘い、どうしていけばよいのか。何をしていくことが大切だと思うか、教えてほしい」という質問に対し、ヘザーさんはこのように答えている。
「正確な情報を得ることが大切です。とにかく質問をし続けること。そして、家族や友人も通して、行動を起こしてください」
「けして、受け身になってはいけません。無関心になってはいけません。症状が起き始めたらすぐに行動が起こせるよう、準備しているべきです」
「知識を増やし、精神的に強くなってほしい。私のように、(米軍の枯葉剤散布から)50年も待つようなことに、ならないように」
私たちは、問い続けなくてはならない。
(日本女子大学史学科2年 是恒香琳/これつねかりん)
ドキュメンタリー映画『沈黙の春を生きて』
(坂田雅子監督/2011年/日本)
公式HPはこちら
岩波ホールにて、9月24日~10月21日まで! 4週間限定上映
岩波ホールHPはこちら
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