2013.04.25 Thu
百年近く経つ私の古い家には、6人の男たちがそれぞれの時代を生きた。
私の曽祖父、祖父、父、叔父、夫、息子・・・夫以外は私の血縁の人たちである。
退職後、母屋より更に古い蔵を整理していると、百年以上時が止まったままであったかのように、見たことのないものが次々と現れる。酒瓶に、盃、花瓶、古銭、そして福助人形まであった。骨董品としては価値のないものばかりだが、余りに古く今更捨てるのも憚れるような代物である。
誰が使った酒瓶だろう、誰の福助人形だろう・・・夫と息子以外の男のものには違いないが、今となっては誰のものかわからない。もうお別れにしてもいいでしょうか・・・とあの世に去った男たちにそっと尋ねてみる。
さて、この家で過去生きた男のうち、曽祖父と祖父は、私が生まれる以前に亡くなった人たちであり、どのような人となりであったのか全くわからない。父が生きていた頃、少しは聞いたような記憶があるが、その時は関心がなく、父の独り言くらいにしか私には響かなかった。だが、老年期にさしかかろうという今頃、自分の来し方、行く末を思うにつけ、この人たちはどういう男だったのだろうか・・・と自分のルーツに思いを馳せる。
長年男社会の中で働き続けた私は、色々な男たちと出会ってきた。
優秀な男たちにたくさん出会った。決断力もあり、責任感の強い男たちもたくさんいた。自信に満ちた胆力のある男もいた。私たち女を支援し、背中を押してくれた男たちにも多く出会うことができた。この人たちの支援がなかったら、働き続けることがもっと困難だったと感謝する人たちも何人かいた。そして、性別を超え、共感をもって働くことができた人もわずかながらいた。
だが、働き続けなかったら見ることもなかった一面をもった男たちにも出会ったと思う。
逃げる男、ずるい男、自己保身に走る男、自己愛に生きる男、嫉妬する男、卑怯な男もいた。
そして、男社会のなかには隠然とした男たちのネットワークがあることに気がついた。そのなかで女は異分子であり、結局、男たちのネットワークに決して入れなかった。
同じことを言っても、女の言葉より男の言葉が信頼される。女が理にかなった意見を言ってもなかなか採用されない。力量のある男の傘下に連なるのは、能力や実績に大差がなくても、やはり男である。女の私たちは、誰の傘下にも入ることはない。女が多数を占めてもトップには男が位置し、男の意向でことが進む。
そんなことが繰り返される場面に何回も遭遇した。
僕に言われても困る、俺の責任じゃない、私はわからない、私は知らない・・・今までに何回もきいたセリフだ。こんなセリフを吐き、自己保身に走る男でも、男たちのネットワークから外されることはない。
男の嫉妬にも遭遇した。女が自分の上の立場にいるというだけで、腹が立つ男もいるようだ。私があなたにどんな不利益を与えたかしら・・・と問いかけたくなるような男の言動も経験した。
「男のジェラシーは国をも滅ぼす」という・・・と、政界の有名人が誰かの言葉を引用していたが、誠に同感である。組織の論理で、そのようなジェラシーは最終的には浄化される場合がほとんどだが、正しい判断に至るまで少なからず、時間と労力の無駄を生み出す。そんな場面も幾度かあった。
結果的に私はこの男たちのネットワークの枠外という立場に耐え、働き続けることを選択したが、振り返ってみればこの国は不思議な社会だと、改めて思う。
先進国であるにもかかわらず、人間の営みとして普通に女が働き続けることに実にたくさんの壁がある。
この頃、中高年層の男性の一部を「粘土層のおじさんたち」と言うそうだが、このネットワークを形成している中心の人たちを言い得ていると思う。
若い人たちは、柔軟で価値観も多様である。楽観的にみれば、粘土層のおじさんたちがリタイアし、ゆるやかながら新しい価値観も形成される日がくるかもしれない。
私が会うことができなかった曽祖父母や祖父母は、子孫である私の姿を多分想像できなかったであろう。
私自身に子孫があるかどうかはわからないが、後の時代の女たちは、もっと普通に、もっと当たり前に働き続けることができる社会に生きていることを願うばかりである。
「女の選択」は、毎月25日に掲載の予定です。以前の記事はこちらでお読みになれます。
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