2013.06.25 Tue
6月は庭の紫陽花が咲きほころぶ季節である。
6月生まれのネコも2歳の誕生日を迎え、傍らでいつも私を見つめているようになった。
この季節になると「紫陽花」という名の詩のサークルに入っていたK子を想い出す。
「あなたは、美しく身を処していく人だわ・・・」
40年程前だったろうか、大学へ通学する私鉄電車の中で、隣に座ったK子が私に向かってそう言った。
前後の会話は全く思い出せないが、その言葉だけは頭の片隅にずっと消去されずに残っている。曖昧な記憶ながら、この先誰がどう生きていくのだろうという青春期によくある他愛のない会話の中のひとつだったように幽かに覚えている。
私はその言葉をそのまま受け止め、浅薄にも褒め言葉として暫くの間捉えていた。
しかし、次第にそれは私に対する彼女の皮肉かもしれないと思うようになった。
一人っ子として育った私たちは、家庭環境が似ており、同じ史学科でもあったため、共有する時間が多くあり、色々語り合った。
しかし、大学生活も終わりに近付くころになると、私たち二人には明らかに違いが生じてきた。私は卒論を早々に書き上げ、就職先も希望するところに決まっていた。そして、卒業後はすぐに交際中の人と結婚することになっていた。
だが、彼女は、困難なテーマを取り上げたためか卒論は遅々として仕上がらず、就職先もなかなか決まらなかった。その上、恋人との交際も順調ではなかった。当時、公衆電話のボックスの中で泣きながら恋人に電話をしていた彼女の姿が今も目に浮かぶ。
やはり、皮肉だったんでしょ?・・・40年以上経った今、61歳の彼女に改めて確かめたい気もするが、もうそのすべはない。
私の中の彼女の記憶は、21才の姿のままで終わってしまった。
21才のまだ暑い9月、私が彼女の家に泊まった翌朝だった。帰ろうとする私を、彼女は私鉄電車の駅構内まで見送ってくれた。優しげで淋しそうないつもの笑顔だった。手を振りながら電車の窓越しに「またね!」と言ったのか、「バイバイ!」と言ったのかわからなかった。それが彼女の姿をみた最後だった。
K子は2ヶ月後の晩秋、山奥のSダムに身を投じ、死んでしまった。
遺書もなにもなかった。K子の母の慟哭の前で、私は茫然とするしかなかった。
K子は21才で、最後の選択を早々とすませてしまったのである。社会の荒波も幸福も経験することなくこの世から消えてしまった彼女の選択は、女の人生の選択というには余りにも早すぎた。
そして私は、彼女の死後40年を生きながらえてきた。
私は彼女の言ったように「美しく身を処して」生きてきたのだろうか。
彼女の言葉がやはり皮肉であり、彼女が生きていたとしたら「困難から身をかわし、恙なく生きてきたわね。」と言うかもしれない。それとももっと辛辣に「要領よく生きてきたわね。」と言うかもしれない。
だが、私自身はどの言葉も当てはまらない気がする。
更に言えば、それぞれの人生における選択はどんな評価も当てはまらないし、どんな評価をうけても致仕方ないという気がする。
私は、今までに色々な評価を受けてきた。賞賛されたこともあるが、「アンタっていう女は・・・」と面罵されたことさえある。
だが、何と言われようと受け止めざるを得ないと考えてきた。
私自身のことは私が最もわかっているが、私が他人や世間にどう映るのか、どう理解されるのか私にはわからない。自分が最良と考える選択を積み重ねるより仕方がなく、その結果の評価に違和感があっても、他人にそう見えるのは如何ともしがたい。評価を覆そうと説明すればするほど弁解や自己弁護に聞こえ、ますます自分が意図するところと乖離ができる。そのうちに自分がますます遠のいていく感すらしてくる。
女の人生の選択には、背景にそれぞれの事情がある。それぞれの選択を評価も肯定も否定もすることはできない。
多岐にわたる選択の幅のなかで、私は「自立」をテーマに生きてきた。
最後の選択が何になるのか、最後の選択までいくつの選択があるのかわからないが、可能な限り最後までこのテーマを心の中心に置きたいと、傍らのネコに見つめられながら今は願っている。
< 了 >
「女の選択」の連載は、今回をもって終了します。これまでの記事は、こちらでお読みになれます。
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