2014.05.12 Mon
介護喜劇映画『ペコロスの母に会いに行く』が描く、もう一つの物語
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『ペコロスの母に会いに行く』は、2013年、第87回キネマ旬報ベスト・テンで日本映画ベスト・ワンに選ばれるなど、大きな話題となりました。劇場でご覧になった方も、たくさんいらっしゃるのではないでしょうか。原作は、漫画家・岡野雄一さんが、ご自身の母親の介護体験をもとに書かれた、同タイトルの漫画です。タイトルにあるペコロスとは本来、小型の玉ねぎの名前のことですが、これは主人公ゆういちこと、原作家岡野さんのペンネームです。
映画は、ゆういちの母、みつえさんの介護をめぐって巻き起こる大小のさまざまな事件を、面白おかしく、ときに静かなまなざしで共感的に描いています。ゆういちの態度がシニカルで、ユーモアにあふれ、みつえさんや周囲の人々(脇役たちも、それぞれにいい味を出しています!)とのやり取りで常に笑いを誘うところは、まさに「介護喜劇」。エピソードも、介護体験のある方なら「ああ、そうそう…」とうなずけるものばかり。とはいえ介護は本来、笑ってばかりはいられないものです。みつえさんをとり囲む当事者たちのやりとりの端々に介護の困難を感じ、わたしは笑いながらも、心を揺さぶられました。介護に向かい合う人たちの苦悩と、日々の生々しい葛藤の合間だからこそ手にする、共に生きることの喜びは、この状態がいつ終わるかは分からないと思う(ときに、それを願ってしまう)ゴールのない持久走のような感覚の中で混ざり合い、振れ幅が大きいものです。映画は、トラブルの場面さえ軽妙なコメディタッチで描いていますが、だからこそ、ふとした瞬間に当人たちが見せる悲しみや困惑の表情に、介護が内包する深い闇を感じられる気がしました。
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この映画は、介護がメインのお話ですが、それだけではありません。もう一つ、同時に語られていく物語があります。それは、認知症になった母、みつえさんが失った時間感覚の中で再体験し、観客が追体験する、彼女の人生の軌跡です。わたしはどちらかというと、介護のストーリーよりもむしろこちらのほうに激しく、心打たれました。この映画の素晴らしさは、介護を抱えている現在にとどまらない時間の広がりをもって、大正12年生まれのみつえさんと家族(夫とゆういち)の生きてきた時代と、人生を描いたところにもあると思います。幼馴染の友人との交流と別れ、精神の弱さからアルコールに依存し暴力をふるう夫との記憶が、ラストに向かって鮮やかさを増していくところなど、涙があふれて止まりませんでした。若いころのみつえさんを演じられた原田貴和子さんの、友人を失い、万感胸に迫る瞬間の表情は、今でも忘れられません。昭和の初期、他者の意思に従って人生を歩み、あるいは夫に仕えなければ生き抜くことが難しかった女性たちの多くが、胸に抱いたであろう人生の不条理を体現していて心に残るシーンです。ここでは触れませんが、ゆういちさんの立場で見ても、また違う世界が広がる映画です。ぜひ、機会があればご覧いただけると嬉しいです。(中村奈津子)
カテゴリー:新作映画評・エッセイ / DVD紹介