
この映画は、一昨年12月に女性投稿誌の草分け「わいふ」元編集長の田中喜美子さん(84)から「私たちの映画を作ってほしい」と依頼されたのがきっかけだったという。その時の気持ちを田中さんは「時間が流れて、後から振り返った時に、日本のフェミニズムを支えた女たちの姿が分らなくなってしまうことにしたくなかった」と語っている。
監督は、松井久子さん。早稲田大学文学部演劇科を卒業後、雑誌のフリーライターを経て映画のプロデュースにも進出。その後、映画監督に転身。晩年にアルツハイマー症を発症した戦争花嫁の日本人女性を描いた「ユキエ」で1998年監督デビュー。第二作「折り梅」(2001年)も、やはり基はアルツハイマー症の女性高齢者とそれを介護する嫁の実話である。第三作は、彫刻家イサム・ノグチの母レオニー・ギルモアを描いた日米合作の「レオニー」。福祉や高齢者、介護、家族といった喫緊の問題に関心をもつ監督という評価を受けている松井さんの第四作が、この「何を怖れる…」である。
この企画に出会うまではノンポリでフェミニズムとは無縁の人生…でも、田中さんの依頼を運命と感じた松井監督は、その翌日からフェミニストたちが残した膨大な数の著書や資料を片っ端から読み始めたという。そして彼女は思った。「映画にするなら、フェミの理論や運動そのものよりも、フェミニズムを生きた彼女たちの『女としての固有の人生』を知りたい」と。そして登場するフェミニスト15人のインタビューと映像記録によるドキュメンタリーが、この映画として完成したのである。ちなみに本作は、数多くのフェミニストたちがささやかな寄付金を出し合って制作されている。

冒頭のリブの映像に、衝撃を受けた。言葉では知っていたが、こんなにもエネルギッシュなものだったとは。激しいリブの映像と、インタビューに答えるフェミニストたちの姿…何度も何度も、こみ上げてくるものがあった。観終わって思ったのは、「彼女たち一人一人が『当事者』なのだ」ということだ。向き合わなければならなかった困難、破るべき壁はそれぞれ違った。でも、彼女たちは誰一人その場から逃げたりはしなかったのだ。見て見ぬ振りをして、やり過ごすこともしなかった。自分が嫌だと思うことを嫌だと表明し、違和感や疑問、そして「怒り」を決して捨て去ることなく、不器用ではあってもがっぷり四つに組んで、悩み、もがき、文字通り格闘して自分のやり方で自分を生かしてきたのだ。世間に押しつけられた「女」としてではなく、自分が求める「人間」として自分を生かしていくことを選びとったのだ。そして、彼女たちの「怒り」に確かな解を与えてくれたのがフェミニズムだった。
フェミニズムには「個人的なことは政治的である」という言葉がある。これは、どんな境遇であろうと女の生き難さの原因は社会の枠組み、その構造にあるということだ。彼女たちが若かった頃にこの言葉と出会っていなくても、直感で、或いはその経験から、彼女たちは確信を以て自分の人生を政治的に判断し、歩いてきたのだ。そして、彼女たちは仲間と繋がっていった。「持続する意志と諦めず連帯を信じる心、そして勇気。黙らない、逃げない、闘いを放棄しない、だけどいつも心に太陽を」と、手を携えてここまで来た。15人のフェミニストたちは、「女であることを愛し、女たちと共感し合い、互いに繋がりあってきた」まぶしいほどに輝く女性たちだ。
リブの神さまと呼ばれる田中美津さんは「自分の人生を火にくべる様な想いでリブを始めた」と言う。「リブの運動は、自分から始まる、自分のためのもの。それまで見えなかった世界が、自分が見えてくる」と。上野千鶴子さんは「フェミニストになったのは、自由を求める思想だったから」と答えている。フェミニズムは、単なる女権拡張運動ではない。弱者が、その弱さ故に差別や排除されることのない社会を目指す、弱さを抱えた者が生き延びるための思想だ。
彼女たちの生きた時代と今と、生き辛さは違う形で女性たちを苦しめ続けている。けれど、こんなステキな女性たちが、その手にしっかりと己を掴み、生ききろうとしている…そのことを知るだけで、力が湧いてくる。何度も何度も、彼女たちの言葉を繰り返す…日本のフェミニズムを支えた女たちの姿は、女性史の生きた証言であるとともに、何よりも「何を怖れる?!」という、私たち女性への熱いエールに他ならない。
参考文献:「何を怖れる フェミニズムを生きた女たち」 松井久子編 岩波書店2014
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