日本語タイトルの「1600キロ」とは、アメリカ西海岸のメキシコとカナダを結ぶトレイルコース『PCT(pacific crest trail)』の長さを指す(だいたい、日本の本州を縦断するくらい!)。この映画は、どん底の人生をリセットしようとして、1600キロの道のりをたった一人で歩きとおした女性の、原題(『Wild』)通り〈ワイルド〉な再生の物語だ。
主人公シェリル(リース・ウィザースプーン)は、最愛の母(ローラ・ダーン)の死をきっかけに薬物とセックスに溺れるようになった。暮らしは壊れ、彼女は、自分を大切にしてくれていた夫までも失う羽目になってしまう。そんな、自暴自棄な生活を送った自分をもて余した彼女は、山歩きの経験もないのに、唐突に、PCTの1600キロにたった一人で挑戦し始めた――。DVから逃れ、新しい人生を切り開こうとしてほどなく45歳の若さで逝ってしまった生前の母の面影や、その後自分が自らに刻みつけてきた心身の傷と向かい合いながら、美しく厳しい自然に挑んだ3か月間。その果てに、彼女が見つけたものとは?
この作品は、シェリル・ストレイドの『Wild: From Lost to Found on the Pacific Crest Trail』(日本語タイトルも、映画と同じ『わたしに会うまでの1600キロ』)という自叙伝がもとになっている。作者は映画の中でも、シェリルが旅の途中で偶然出会う女性として登場する。雄大な自然の中での二人の邂逅の場面は、映画のフィクション性を超えてシスターフッドを感じられる、とてもステキな場面だと思った。シェリルが1600キロを歩く途中に出会ういくつものハプニングも、女性であるからこその体験がちりばめられていて共感できる(これとはちょっと関係ないけど、わたしは旅の終わりごろ、シェリルが出会う幼い男の子が歌った『Red River Valley』で号泣!しみじみ、大好きな歌です)。
この映画を見ていていいなぁと思ったのは、シェリルが生前の母から受け取っていたいくつものメッセージが、苦しみの中にある彼女を立ち止まらせ、やがて支えていくところだ。DVや重い病という理不尽な経験にあっても自分を見失わなかった母の生き方を、シェリルは旅の途中で何度も反芻しては、そこにある意味を探そうとする。もう、本人からは永遠にもらえない答えを、彼女が自分なりに見つけたときの表情に、わたしも救われる思いがした。公式ウェブサイトはこちら。(中村奈津子)