2017年5月10日午後3時、集会が始まった。会場の正面と左側に机が据えてある。祝島支店の恵比須利宏運営委員長と竹谷勝芳支店長は正面に、本店から来た仁保(にほ)宣誠(むべなり)専務理事らと祝島支店の運営委員である岡本正昭さんと石井一也さんは左側に、それぞれ腰掛けた。組合員はカーペット敷きの床に座る。
橋本典子さんの姿もあった。数日前から高熱で臥せる夫の久男さんに代わり、漁協の集会に初めて出席したのだ。正組合員51人のうち本人出席38人、委任出席13人。准組合員は19人中10人が出席となった。
会場のある公民館の周辺にも、会場前の廊下や隣の図書室にも、島人の姿がちらほら見えた。本を読んだり、無言でたたずんだり、おしゃべりをしたり。組合員ではないので会場には入れないが、心配で離れられないのだろう。
「修正案」?
集会では、まず祝島支店の決算が報告された。つづいて、決算に伴う赤字の補填金について協議をおこない、徴収が了承された。開会から1時間近く経つころ、組合員の曽田健太郎さんの声が響いた。「決算に伴う補填金徴収についての修正案」。手にした紙を読みあげているようだ。声は小さくないが震えている。会場はシンとした。
「…補填金の徴収について。『総会の部会』において漁業補償金の配分が可決されればという前提だが、7月末までに可決されれば、それを赤字補填金に活用すること。可決されなければ、原案通り7月末までに個々の正組合員が納めること。その前提条件を解消するためには『総会の部会』の決議が必要なので、その開催を本店に請求することを提案します」
最後に日付と名前を読みあげ、曽田さんは口を閉じた。
「反対です」
即座に声があがった。
「この補償金は、原発にかかわる補償金でしょう」「なんで原発の話を、決算についての集会で出すんですか」
あちこちから声が続く。
「説明する」と口を挟もうとする本店の幹部に、「説明要りません」と女の人たちがピシャリ。木村力(つとむ)さんの声も続いた。
「祝島は、この補償金を、17年前の最初の支払いのときに拒否してるんです。当時、祝島漁協の正組合員は約100人おった、その約100人に補償金を払う。その受けとりを拒否したら、あとで山口県漁協の本店が受け取った。だから、こんなに揉めるんです。いま、正組合員は数十人。祝島には300人が住んじょる。この300人に溝ができているモトは、そこにあるんです。責任は、県漁協の本店にある」
会場前の廊下に人が集まりはじめた。「今日は補償金の話はない、という話だった」「本店が来るけぇ、おかしくなった」などの声が飛ぶ。本店は「静かに」と繰り返す。そのとき、会場の後ろの席から竹林民子さんの声がした。
「本店の2人が、その紙を『読め』という合図を曽田さんにしちょったんですが、どういうことですか? 曽田さんが手を挙げて、その紙を読む前に、曽田さんに『はよ言え、はよ言え』って。それを私は、ずうっと見ちょったんです」
廊下で拍手が起きた。
「誰が、その紙を書いたんですか」と典子さんも加勢する。
指導に見せかけ「介入」
本店はそれには応えず、「県漁協の規約17条により、議長は、原案についての修正案が出たら、まずそれについての採決を、この場でやらなければ」と採決を急かした。会場から異論が続く。すると本店は、こう言い出した。
「『規約』では、(本店の会議である)総会などについての運営方法を決めている。(支店の会議である)組合員集会については、『規約』の手前にある『統括支店・支店運営委員会及び支店組合員会議設置規定』で決めている。その第27条に<議決を要する事項の協議決定方法は、定款及び規約に定められた要件を要する>とある」
だから規約に則り、その場で採決しなければならない、ということのようだ。
ただ、その規約17条は<修正案が提出されたときは、議長はまず修正案について採決を行う>という条文である。「この場で採決しなければならない」ことはない。
ところが議長を務める恵比須運営委員長は、「やらなきゃいけないんだったら、やりましょう」。
納得できない組合員たちが次々に声を上げた。
「今日は決算報告だけの集会、という話だった」
「今日は採決ナシ」
「改めて、修正案を議題にする集会を開いたらどうか」
恵比須さんは耳を貸さず、「やらなきゃいけないから、やります」と言い放った。まばらな拍手と大きなどよめき。会場は騒然となった。
全力の抗議
「賛成の人は○、反対の人は×を書いてください」
恵比須さんは無記名投票で採決する考えのようだ。投票用紙を別室へ取りに行くよう、支店長を促す。「行っちゃいけん」。すかさず典子さんが呼び止めた。支店長は無言のまま、取りに行くのを止めた。
次に恵比須さんは、どんな紙でもいいから投票用紙にしろ、と指示。だが会場に「紙はない」。遂に、支店長の手元にあった、厚さ1センチほどの紙の束を示して「それでいい」と言いだした。
その瞬間、典子さんが駆けよって手を伸ばし、その紙束をサッと預かった。ほかに紙はない。
押し問答が続いた。規定通りにやれという本店。この場で採決しなければいけない規定なら今からやろう、と運営委員長。漁業補償金を受けとることを前提とした修正案を、事前に通知もなく採決しようとするのは騙し討ちだと、納得いかない組合員たち。
「こういうやり方を、あなたが指導したんですか?」
「上関原発を建てさせない祝島島民の会」の清水敏保(としやす)代表が問いつめる。仁保専務理事らは無言だった。
時刻は午後5時になろうとしていた。祝島から本州への定期船は、午後5時5分発が最終便である。そのとき会場の管理者が、「5時以降は会場に別の予約が入っている」と知らせに来た。
「時間がないので、これで」
とうとう恵比須さんは採決しないまま閉会を告げた。会場から拍手が涌く。それに口を挟もうと、「ひとこと言わせて」と仁保専務理事。間髪入れず、女の人たちが一斉に声をあげた。
「言うな!」「他の提案しちゃいけません!」「5時になる!」「帰れ!」
百歩譲っても決算報告に関わる説明のための来島なのだから、その件の場面のみ臨席すれば充分である本店の者が、退席しないばかりか介入する。その異常事態への全力の抗議だった。
すると専務理事は、支店長を手招きして何かを囁いた。席へ戻った支店長が、隣の運営委員長に耳打ちする。それを聞いた運営委員長は、「議長は辞めても、これは継続なんと」。つづいて辞任を表明しつつ、「この問題は、継続して、またやるかも分からない」と言い捨てた。「なぜ『継続』という言葉を出すのか」と反発の声も出たが、本店一行が最終便へ急ぐドサクサで集会は終了した。
聞かれてこなかった声を
翌11 日の朝、外でバイクの音が響いた。「ほい、新聞」。民子さんだ。朝刊の差し入れである。
「きのう民ちゃんの声が聞こえたとき、みんな廊下からも拍手していました」
私がそう言うと、民子さんは、綺麗に日焼けした顔に刻まれた笑い皺を、大きく動かした。
「見ちょったら、曽田さんが手を挙げる前に、県漁連(県漁協本店の意)が、曽田さんへ『言え』っちゅう合図を送っちょったの。県漁連が『指導』しちょるの。それで、言うた。私は、ああいう席でモノを言うことはなかったんじゃが、歯がゆいけぇ」
そう口に出してから、しみじみとした声で、民子さんがこう呟いた。
「女の人のチカラじゃね。今までは、あの場に、女の人は民ちゃん1人じゃったんよ」
「…違いますか?」
「違うねぇ」
昨日の集会は、出席した48人のうち5人が女の人だった。祝島では例のない多さだろう。いや全国でも、原発にかかわる海のかなめを握ってきた漁協に、女の人はどれほどいたか。ともに生きながらも耳を傾けられてこなかった人びとが、声を生み出しはじめていた。
その様は少なからず衝撃を与えたようだ。
「昨日は凄かったらしいねぇ。『おなごはヒドイのや』と××さんが言うとった」
「○○さんも、そう言って目を丸くしとったよ」
話を聞きつけた女の人たちが、そう言って大笑いしていた。××さんも○○さんも男の人である。
「最高の誉め言葉や」と応じる声に、「それでえい(いい)のよ。そうでなけりゃあ、他人(ひと)の言うなり、じゃもの」の声が飛ぶ。笑い声につづいて語られたのは、次の言葉だった。
「おばさんらは、田名埠頭や田ノ浦の陸(おか)で、中電側の人らと向きあう現場を、見ちょるし知っちょる。男の人らは船を出しとったから、一部の者を除けば、人と向きあう現場いうのは、話に聞いちょっても見たことはなかった。だから昨日、はじめはビックリして呆気にとられちょった」
田名埠頭とは、中電が2009年、そこから台船で9基の灯浮標を運び出して、原発をつくるための海の埋め立て工事を始めようとした地だ。祝島の人びとをはじめ多くの人びとは、そこへ連日かよって抗議した(『原発をつくらせない人びと』4章に詳述)。
昨日は夫の久男さんの代わりに集会に出席した典子さんは、その日、朝一番の船で久男さんを病院へ連れて行った。即入院となり、典子さんは支度に走りまわると、夕方の船でひとり帰宅した。翌12日、典子さんは久男さんに代わって、5月10日の集会の議事録案を祝島支店に請求した。それが出来てくるのに1ヶ月もかかるとは、このとき予想だにしなかった。(つづく)
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このレポートは、WAN基金の助成を受けた取材に基づいています。