国家がなぜ家族に干渉するのか: 法案・政策の背後にあるもの (青弓社ライブラリー)

著者:本田 由紀

青弓社( 2017-09-30 )


 右傾化が急速に進む安倍政権下において、政権が望む方向に家族を捻じ曲げようとする動きが活発化しています。私たちは、今何が起きているのか、そして何を防ぐべきかについて、しっかりと知り、行動してゆかなければなりません。本書はそのような意図から、政権が準備している法案と、すでに進行している政策について、背景と問題点を論じたものです。
 筆者による序章では、この本をつくった経緯と、危機的な現状を素描しました。以下、各章の概要を紹介します。(以下の文面は序章の記述を元にしています)
 二宮周平氏による第1章の主題は、家庭教育支援法案です。この法案の理念および実施方法がどのような問題点を含んでいるかが、条文の検討に基づいて指摘されています。そして、そのような問題をもつ法案の準備が一部の国会議員によって進められているのは、2006年の新教育基本法が意図している国家主義的教育を家庭に浸透させる必要性からであることが論証されています。さらに、子どもの権利条約および地方公共団体の家庭教育支援条例についても法案と対比する形での検討を行い、国と地方公共団体の責務は家庭での子どもの養育や仕事と家庭との両立を可能にするインフラ整備であり、家庭で子どもに特定の資質を身につけさせる教育を国家が強制することではないと結論しています。
 千田有紀氏の第2章では、親子断絶防止法案が検討されています。諸外国での先行的な状況について述べた上で、日本でこの法案を推進している人々の発言等からその考え方の問題点を浮き彫りにしています。具体的な条文についても、子どもと同居する親と別居の親がそれぞれ負うべき責任の非対称性、子どもを暴力加害に巻き込む危険性、養育費に関する規定の緩さなど、危惧される点がいくつも指摘されます。章全体を通じて、当事者間に高度の葛藤が存在する場合が珍しくない離婚という事態に対して、面会交流を含む特定の「健全な」あり方を強制することの非現実性が強調されています。
 斉藤正美氏の第3章は、国と地方自治体における官製婚活政策について、それが少子化対策として開始され、地方創生と結びついた交付金制度の導入によって普及してきた経緯をまずたどっています。そのような動きは、推進者の間の密接な人的ネットワークに支えられています。そうして実施されている官製婚活は、民間の婚活ビジネスに委託が進んでおり、また結婚を超えて出産等も含む「ライフプランニング」へと拡張されつつあります。その結果として生み出されているのは、社会全体に結婚と出産を強要する空気です。
 若尾典子氏が第4章で取り上げるのは、日本国憲法24条改正に向けての過去と現在です。家庭内の両性の平等を掲げる先進的な24条を修正しようとする政府の動きは、その制定直後から生じていたが実現にはいたりませんでした。しかし1990年代に入って選択的夫婦別姓論への攻撃として再浮上し、国家への奉仕を前提とする「家族保護」の必要性が主張されるようになります。自由民主党の改憲草案の条文と、世界人権宣言16条との比較検討からは、国防・共助・家族道徳を国民に要請し個人の人権を破壊しようとするその思想が明らかにされています。
 伊藤公雄氏による終章では、本書全体の総括がなされます。西欧における「家族」の法律上の位置づけが検討され、家族の多様性の承認、家族への不可侵、家族の諸権利の保護へと向かう趨勢が確認されています。他方の日本では、国家の側の義務としての家族保護はサボタージュされたまま、精神論的な家族主義イデオロギーのみが流布されてきました。家庭教育支援法案も、親子断絶防止法案も、その法律としての具体化であると言えます。必要なのは精神論ではなく、「多様な家族の存在の承認と、家族生活の支援のための制度とそれをささえるための本格的な家族政策なのだ」と著者は宣言して章を閉じています。
 家族と国家、重苦しく絡まり合うこの2つの領域の現状について、丹念に記述した各章をぜひひもといていただきたいと思います。そして、私たちすべてに迫りくるものについて、ともに真剣に考え、行動へとつなげていただきたいと考えます。それが著者全員の願いです。