不可解
2017年のびわは豊作だった。嬉しい悲鳴の出荷が一段落し、ヤレヤレと思う間もなく、次の騒動が起きた。6月14日、山口県漁協祝島支店の組合員へ、不可解な配布物が届いたのだ。「5月10日組合員集会時の『修正案』に対する意思確認について」と「書面議決書」なる文書と返信用封筒である。文書には、「修正案」への賛否を「書面議決書」に記入し、祝島支店へ提出するか光熊毛統括支店(上関支店)へ返信用封筒で送付せよ、とあった。指定された期限は約168時間後、6月21日15時だ。
だが紛糾した5月10日の集会については、直後に請求した議事録案が、やっと6月12日に出てきたばかり。祝島支店の運営委員で確認中だった。文書の差出人とされた「山口県漁業協同組合・祝島支店 運営委員長兼組合員集会議長 恵比須利宏」さんも、この文書を「知らん」、自分は「運営委員長も辞めた」と組合員に話したという。
そもそも水産業協同組合法に定める書面議決とは、集会の開会前に行うもので、開会後に届いても無効となる。まして閉会後に行えるものではない。「書面議決の濫用だ」という声も出た。何が起きているのか?
6月16日、祝島支店の運営委員会が招集された。祝島支店の竹谷芳勝支店長が週明け19日の出勤時に、上関支店へ郵送で提出された分を、祝島支店へ運ぶことになったという。県漁協の職員である竹谷さんは、上関から祝島へ定期船で通勤している。土日を挟まず16日中に回収を、との声も出たが時間切れとなった。
自主はどこへ:残り48時間
6月19日15時、祝島支店の運営委員会が招集された。結果的に支店長による運搬は実現されないまま、期限まで48時間となっていた。運営委員の岡本正昭さんと橋本久男さん、支店長の竹谷さんの3人は、20分ほどで委員会を終えると上関支店へ向かった。用件は、祝島支店が上関支店に預けている祝島支店の組合員の書面議決書を、祝島支店へ戻すこと。
上関の船着場に近い2階建ビルの上関支店に着くと、3人は中へ入っていった。同行した組合員や家族や友人、話を聞いて各地から集まった人など、20〜30人ほどの有志が外で待つ。
16時ころ、上関支店が返却を拒んでいると伝えられた。支店の入口に人が集まりはじめる。山口県議会議員の戸倉多香子さんも駆けつけた。
「(県漁協)本店の指示がなきゃ渡されん」それが上関支店の支店長の言い分だった。
「本店へ聞いたら『(祝島)支店で解決して』と言われた。上関支店が『本店の指示が』と言うんじゃ(祝島)支店で解決できん」
女の人たちの声が飛び交う。竹谷さんの声も聞こえた。電話で本店と話しているようだ。
「…(祝島支店の運営委員へ)渡すんじゃなく、(祝島支店へ)持ち帰る。わしは大丈夫と思う」
そばで橋本さんが、「祝島支店の金庫に入れておけばいい。ここ(上関支店)は怖い、あす本店も来るし」と呟いた。壁の予定表には、6月20日の欄に「本店来店」の文字が見えた。
介入
電話をしていないときの竹谷さんは、質問されるとポツリポツリ言葉を返した。それをかき集めると事態が少し見えてきた。本店が14日の文書を作り、祝島支店の運営委員に知らせずに配れと言ってきたこと。祝島支店へ提出された書面議決書も、竹谷さんが毎日運んで、上関支店に預けられていること。つまり祝島支店の書面議決書は、これまで提出された分すべてが上関支店にある。
定時がくると上関支店の事務員は帰宅した。19時、警察が現れた。上関支店がよんだのだ。緊張が走ったが、戸倉県議が事情を説明し、祝島の人びとは苦境を訴えた。「上関支店に預けた祝島支店のものを返してもらうため、祝島支店の支店長と運営委員が来ているが、返してもらえない」。「おじいさん、おとうさんから受け継いできた海じゃけぇ、わしらも受け継がんと。ダメにするわけにイカン」と、穏やかながらキッパリ話す岡本さんの声も聞こえる。その場に暴力も混乱もなく、警察は静観を始めた。
上関支店の支店長は別室へ入り、ドアを閉めて電話をはじめた。祝島支店側は、文書の差出人となっている恵比須さんへ電話をかけ、彼からも本店へ返却を要請するよう頼んだ。あちらでもこちらでも電話が続く。
不信
「ここにないんじゃろ?」
22時半を過ぎたころ、橋本典子さんが突然、よく通る声でそう言った。
「わしらにとって大事なモノじゃから、どういう状態で預かっているか見せてくれ」
若手の声も続いた。場がざわめく。
それは上関支店の金庫にあるという。だが金庫の管理人は渋い顔でこう言った。
「私も責任がある。勝手に金庫を開けて見せられん」
混線しそうなほど幾重にも電話をやり取りするなかで、本店は、祝島支店側と明日本店で会うことには合意した。だが返却は認めない。最終的に金庫の確認だけ許可した―—上関町議の清水敏保(としやす)さんのみ、との条件付きで。祝島支店側が清水さんを残して外へ出ると、上関支店の支店長は出入口に鍵をかけてブラインドを閉めた。
23時半、清水さんも外へ出てきた。確かに確認したという。人びとは静かに解散。祝島からの一行を乗せた清水丸が、祝島港へ着いたのは24時過ぎ。それから支度して食べた25時の晩ご飯は、いつもの冷奴が過去最高の味だった。
本店へ
6月20日。本店との面談のため、祝島支店の運営委員たちは9時45分にチャーター船で祝島を発った。昨晩の清水丸に乗り切れずに車中泊をした若手おばちゃんたち——アラ還である―の姿も見える。早朝の定期船で祝島へ戻り、支度を急いで合流したという。下関市にある県漁協本店に到着したのは13時30分。背の高い県漁協ビルの前で、各地から心配で駆けつけた30人ほどの人が待ちかねていた。
13時35分、祝島支店の竹谷支店長と橋本運営委員、そして清水町議の3人が、正面玄関からエレベーターに乗りこんだ。5月10日の祝島支店組合員集会に来ていた仁保(にほ)宣誠(むべなり)専務理事と村田則嗣(のりつぐ)参与ら本店側3人と、非公開で面談である。
橋本さんによれば、本店側は冒頭、6月14日に配った文書は本店が作ったと認めた。また、今回の書面議決書については「祝島支店の運営委員会を開かずに進められる」とし、理由を「5月10日の組合員集会は継続審議となったから」とした。だから恵比須さんは運営委員長を辞めても議長としては継続しており、祝島支店の運営委員会を通さずに議長判断で進められる、従ってこの書面議決は有効だ、と主張したという。
根拠?
ただ、継続審議とする根拠は二転三転したようだ。最初に挙げた根拠は、議長の恵比須さんが「継続審議にする」と宣言したと議事録に載っている、ということだった。「議事録は未承認」と橋本さんが言うと、「いまから確認して承認してもらうが」と弁明した。
次は、議長が「継続審議にする」と言い、会場から異議もなかった、ということが根拠とされた。それは会場に諮ったのと同じで、継続審議について議長は会場に諮ると定める県漁協の定款に則っている、という。
だが定款の定めは、「会は、その議決によりこれを続行…することができる」であり(43条)、議決なしで継続できないこと、会場から異議も出ていたことを祝島側は指摘。「録音もある」と、病で会場へ行かれなかった橋本さんが当日、数人に録音してもらったことを話すと、本店側は論点を変えて、こう説明したという。
「県漁協には、定款の他に規約や規定がある。総会や総会の部会や理事会の手続きは、法律に基づいて定款で決めている。組合員集会についての定めは、定款と直接的な関係はない。組合員集会は、浜の組合員が集まって浜のことを協議する会議なので、定款・規約・規定を準用し、民主的に行われるよう適切な対応を求められる」
だから違法ではない、という主張だろうか。ただ、この点に違法性はないとしても、山口県漁協においては、支店組合員集会での書面議決には定款・規約を準用し、事前に通知された事項につき、開会までに賛否を提出することが必要となる(定款44条・規約19条)。組合員集会の協議決定方法は定款・規約に定めた要件を要す、との定めもある(「統括支店・支店運営委員会及び支店組合員会議設置規定」27条)。それに反して、事後的に行おうとする今回の書面議決は、有効か?
そのまま県庁へ:あと24時間
14時半、祝島支店側の3人が正面玄関から出てきた。面談は平行線で終わった。この書面議決書の正当性も、提出期限後の扱いも不明なまま、あと24時間となったのだ。
「いまから県庁へ行こう」典子さんが決然と言った。降りはじめた雨のなか、祝島の人びとを乗せた車が次々と、勢いよく走りはじめた。(つづく)
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このレポートは、WAN基金の助成を受けた取材に基づいています。