祝島

生きるか死ぬか

「オカシイでしょう? 祝島にとって生きるか死ぬかという内容に関する書類を、(山口県漁協)本店が祝島支店の名を騙ってつくり、祝島支店の運営委員に内緒で組合員に配れと支店長に指示して、書面議決を行おうとしているんですよ?」
 2017年6月20日午後4時過ぎ、山口県庁の一室で、祝島の女性がそう訴えた。祝島支店の運営委員をはじめ組合員や支援者など20人ほどが、コの字型に着席している。向かいあって座るのは、県の農林水産部団体指導室の職員3人だ。
「県漁協へ指導をお願いしたい」元山口県議の小中進さんが来庁の趣旨を伝える。
 つづいて地元の祝島から状況を説明した。今回の書面議決は、ルールも地元も無視し嘘を重ねて強行されようとしている。綺麗な海を受け継ぐことは、祝島の生活権や財産権にも関わる。それを脅かす原発は不要だと、原発のための漁業補償金も拒んできた。その補償金の受けとり強要にむけた暴挙を見過ごすことはできない。上関へ下関へと奔走したが、本店との話し合いは平行線で、締め切りまで24時間を切った。もはや県漁協を指導監督する立場にある県に相談するしかないと、県庁へ駆けつけた———。

既成事実にされてしまう

「県が指導できる範疇の問題か、判断する時間をいただきたい」職員はあっさり応えた。
「そんなに時間の余裕がない」祝島支店の運営委員である橋本久男さんは、そう返した。ぬぐえぬ懸念があるからだ。
「明日の締め切り後すぐ、書面議決書(以下、書面)を開票する可能性がある。嘘のまま、この不当な書面で、議決したことにされかねない」
「この書面議決は無効と訴えがあったので精査して判断する、それまで開票しないようにと、本店を指導することは、いまできるでしょう」
 上関町議の清水敏保さんも、そう要請。祝島の壮年世代のひとり、氏本拓さんは、こう言い添えた。
「ここまで無茶な対応をされる支店は他にないと思う。団体指導室の皆さんの理解を超えるかもしれない。なぜ我々だけこんな無茶をされているかと言えば、原発にまつわる漁業補償金の問題があるから、ということは認識して」
 時計の針が午後6時を指した。「通用口が閉まるので、そろそろ…」と職員が退去を促す。
「明日の開票は止めると、一言ください」組合員である女の人は素早く応えた。
「祝島に味方せえ、と言うとるわけじゃない。ルールに則ってください、と言うとるだけ。行政は弱い者の味方じゃないんですか? いちばん弱者の祝島支店が、こういう目に遭っとるんです」
 橋本さんが重ねて訴える。女の人たちの声も続いた。
「本店が『これで議決した』と言い出したら、また大騒動ですよ? 裁判になる前に止めたいから、お願いに来たんです。ずうっと裁判かかえて、祝島は大変だった。また始まるの、嫌ですよ?」
 だが職員は、「皆さんにお帰りいただいたあと今日か明日の早い段階で確認し、必要であれば県漁協に指導をする」と繰り返す。「今日、お願いします」と言葉が飛んだ。空気が張りつめる。

「県の権限外」か「やりたくない」か?

 窓の外は、いつしか土砂降りになっていた。午後7時も間近となったころ、職員3人が席を外して20分ほどで戻ると、おもむろにこう言った。
「規約については県の指導監督の及ばない範囲と改めて確認した。県は、この件で開票しないよう指導することはできかねます」
 行政が関われる範囲は法律で定められており、規約は範囲外となる。この件は、規約に基づいて設置された組合員会議の話なので県の指導監督権限は及ばない、という説明だ。
「何の法に基づいたご回答ですか」拓さんが団体指導室の室次長に問う。
「水産業協同組合法(以下、水協法)です」
「何条の何項ですか」
「いま法律を見ておりません」
「さっき席を外して、戻ってきて『我々の仕事じゃない』という以上、お調べになったはず」
 5回以上も訊ねてようやく、「123条」との回答が出てきた。だが拓さんは、こう応じた。
「それは会計状況の検査に関わる条文ですよね。ひとつ前はどうなりますか? <122条 行政庁は、組合から、当該組合が法令、法令に基づいてする行政庁の処分もしくは定款、規約、信用事業規程もしくは共済規程を守っているかどうかを知るために必要な報告を徴し、又は組合に対し(中略)組合の一般的状況に関する資料であって組合に関する行政を適正に処理するために特に必要なものの提出を命ずることができる>」
 ざわめきが起きた。場が熱を帯びる。
「やることはできるけど、やりたくない、ってことですね?」と拓さん。父の故郷・祝島へ引っ越して約5年、地域の暮らしを下支えする。

上位と下位のルール

「定款の下に規約が、その下に規定という漁協の内部ルールがある。この件では『統括支店運営委員会および支店運営委員会の設置規定』。それについて我々が指導して行き過ぎたことをやると、法的に根拠があるかというと、権限は及ばない」
 別の職員がそう応じて、説明をつづけた。
「法と法で定めてある定款そして規約に触れるところは、行政の範囲。でも(規定で定める)支店組合員会議で、書面議決が有効かというと、判断に悩む」
 拓さんは納得しない。
「でも、組合に関する行政を適正にするために必要なことができない状況だから、やってくださいと言っているんですから。組合は組合員のための奉仕を目的にする、ともありますよね(4条)」
 その口調には、さっき「県の指導監督は及ばない」とされた規約が急に「行政の範囲」とされた困惑も滲む。
 やはり約5年前に一家で祝島へ移住した堀田圭介さんが、ここで初めて口を開いた。
「下位のルールが上位のルールに反することは、ないんじゃないですか? 憲法に基づいて法がある。オカシイじゃないですか」
 だが、122条の条文の中程にある「規定」のみに拘(こだわ)って「122条に書かれた規定は信用事業規定と共済規定で、組合員会議の設置規定ではない」という県と、条文冒頭の「法令」に注目して「水協法の話をしている。法令違反があれば必要な措置を命ずることもできる(124条) 行政としての仕事をやって」という拓さんの話は、噛み合わない。

自己決定できないのか

「支店の組合員が住所と名前を書いて印鑑まで押した議決書面を、当の支店が管理も開封もできない状況に追い込まれている。決定権は我々にはないんですか? 支店のことを、支店を無視して本店がやっていいんですか?」
 橋本さんがそう質すと、県の職員は言葉を濁した。
「組合員会議の規定という、漁協さんが作られてきたルールの範疇であれば、それを私どもがオカシイと言うことは…」
「内部ルールの範疇ではない」橋本さんが即座に返す。母の故郷・祝島へ移り住んで5年ほどの綿村育良さんもつづく。
「書面も県漁協の職員さんが書いたんですよ? 本店も、そう認めてる。それを確認してください、って言っているんです。それはできる、って水協法に書いてあるんですよ? 話そらさんでください」
「確認をするという行為は、県の指導権限に入っておりませんので確認は致しません」
 仕事をするよう頼む県民、突っぱねる県。どちらも疲れ顔で解散したのは、夏至前の長い日も暮れた午後8時すぎだった。

残り3時間の話し合い

 翌6月21日正午ころ、清水町議と祝島支店の正組合員・木村力さんは恵比須利宏さんを訪ねた。「運営委員長兼組合員集会議長」として、今回の書面の名義人となっている人だ。この日は書面の開票をしないこと、開票方法については今後の協議によって決めることを要請し、合意が成ったという。
 書面の提出期限とされた午後3時直前、運営委員の橋本さんは、組合員から預かった書面を祝島支店へ提出。祝島支店の金庫に厳重に保管し、支店長と橋本さんが毎日確認することとなった。これまでに上関支店へ送るか運ぶかされた書面は、祝島支店へ返却されないままである。

軒下のツバメの巣立ちの季節

 同じころ、誰が言いだすともなく女の人たちは集まっていた。巣立ちを迎えたツバメを気にかけつつ、茶飲み話に興じる。
「開票せん方がええんじゃない?」
「そうよね。でも祝島漁協は県漁協の支店になったから、これは組織内のゴタゴタだと、県は指導監督を逃げたんよ」
「これは家族のモメゴトみたいなもの、じゃから行政は(指導に)入れん、ということじゃろ?」
「腹立だしいけど、それはそれで分かるところもあるよね」
「ここは祝島同士でよく話して、開票せんと決めればエエんじゃ」
「糸をひく者がおらなんだら、難しくならんのに」
 何か起きれば駆けつけるつもりだったのだろう、その日の最終の定期船が出た午後5時すぎ、ようやく彼女たちは家路についた。折しも夏至。昼の光がつづく路地に、ひととき安堵する彼女たちの声が響いた。

上関原発予定地で追加ボーリング調査始まる。

原発計画を止めない中電

 開票についての協議に至らぬ6月30日、上関原発の予定地で中国電力が追加ボーリング調査を開始。その説明にと、また中電が祝島へ来ると囁かれた。3.11後、上関原発の工事は一時中断している中電だが、祝島へは毎月のように現れる。2015年春に発覚するまでの4年間は、社名を隠した社員3人が旅館に泊まり、島内を訪ね歩いていた。
「あの3人が祝島をまわって、お金で切り崩していったんでしょう。だから漁協(祝島支店)の集まりのたび、漁業補償金の受けとり賛成が増えたわけでしょう」と、宿の女将さんは静かに憤る。
 批判を受けて社員証を提げるようにはなっても、中電の来島は止まっていない。「幽霊みたいな」漁業補償金の問題で祝島がバタバタする渦中、その要因である中電がゴソゴソ蠢くのは偶然なのか。

 7月4日、橋本さんと木村さんは、今回の書面による採決を禁止する仮処分を、山口地方裁判所岩国支部に申し立てた。報道各社の取材が殺到するなか、祝島支店の関係者が5日に協議。司法の判断が出るまでは開票しないことで合意した。
 7月18日、欠員に伴う祝島支店の運営委員の補欠選挙が行われた。つづく騒動も影響してか、祝島支店では異例の投票行動が見られた。欠席ないし棄権が4人、白票が1人。欠席者のひとりは旧祝島漁協の元組合長である。大紛糾の呼び水となった二者の一方、本店幹部を5月10日の組合員集会によんでと要請した人物だ。呼び水のもう一方、その集会で「修正案」を出した組合員が、運営委員に初当選という選挙結果となった。
 幾度も生じる揺りもどしの波を、今また乗越えようと葛藤がつづくなか、この仮処分申し立て事件は、8月24日から3回の審尋を経て、12月21日午後3時に決定文が交付されることになった。

決定交付後に記者会見する橋本さん(左)と木村さん(写真提供・渡田正弘氏)。

ささやかで大きな勝利

 その日、午後3時を少しすぎたころ、手元の電話が静かに鳴った。祝島から岩国へ出かけた橋本典子さんだ。
「勝った!」
 山口地裁岩国支部の佐野義孝裁判長は、今回の書面の「開票作業をしてはならない」と決定した。
 上関の原発計画や、その漁業補償金の問題が、一気になくなったわけではない。それでも裁判所は今回、この書面採決は組合員会議の終了によって廃案となった修正案についてであり、違法かつ無効と判断。記入済み書面が提出されているからといって、組合員会議を開かずに書面で採決しようとすることは有効とならず、書面の有効性を認めて提出されたものでもない、とした。無法の放置は避けられたのだ。  

一年でもっとも長い夜を前に、よみがえりを促す知らせである。明日は冬至。ここから少しずつチカラを増す太陽のように、祝島の人びとはまた淡々と漕ぎだし、潮目を生き抜いていくに違いない。

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このレポートは、WAN基金の助成を受けた取材に基づいています。