
タイトル:Promiscuous Media: Film and Visual Culture in Imperial Japan, 1926-1945 (Studies of the Weatherhead East Asian Institute, Columbia University)
著 者:Hikari Hori 堀ひかり
出版社:Cornell University Press
ISBN-10: 1501714546
ISBN-13: 978-1501714542
発売日: 2018/1/15
雑婚メディア-帝国日本の視覚文化
ヤスクニの鳩たちは、遺伝的多様性の見本である。表門近くの鳩舎で飼育されている純白の鳩たちと、境内奥をテリトリーにしている野良鳩たち。後者の姿はとてもカラフル。茶やグレーの地模様に、白班が派手に混じっている。大空を締め切ることはできない。鳩たちは自由に飛び回り自由に番う。この分厚い野心作をめくっている間、私の耳奥には、彼らの羽ばたきが聞こえていた。
長年北米で研究を続けてきた著者の狙いは、昭和初期から敗戦にいたるまでの日本の視覚表象史を、国境を越えた文化の相互浸透という観点から再検討することにある。英語圏と日本語圏の研究領域間にそびえ立つ壁が崩され、アメリカはもちろんのこと、ソ連、ヨーロッパ、中国等の広範な地域から多様な素材が集められる。それらを著者は、丹念かつダイナミックに繋いでいく。その力業を支えるのは、「promiscuous」という鍵概念。辞書によれば、手当たり次第の、ごちゃ混ぜの、取り散らかった、乱交の、雑婚の・・・といった意味があるらしい。
第一章では、昭和天皇の表象の変容が、写真・ラジオ・映画といった外来複製メディアの技術発展に関係づけられ、第二章では、女性動員政策と母性をめぐる葛藤が、東西両洋のエンタメ映画の交差を通じて精査される。近年、加納実紀代氏を中心としたグループによって、枢軸国と連合国の女性動員の実態とメディア表象に関する比較研究が行われている。堀の仕事は、これらに、文化の伝播という新たな視座を持ち込むものだ。第三章では、弾圧下で生き残りをはかる左翼陣営の戦略が、一人の女性ドキュメンタリストを中心に俎上に上げられ、第四章では、戦争最末期の日本製漫画映画が、翼賛か抵抗かという次元を超えて、アメリカやヨーロッパのアニメとの相似性で論じられる。結果、戦前戦中の昭和文化に対する一枚岩的な理解は退けられ、白馬にまたがるニュース映画の中の天皇や、田中絹代演じる白い割烹着の母親、さらには、桃太郎隊長に敬礼する白いセーラー服のうさぎ兵(表紙参照)が、外来種と土着種のDNAを受け継いだハイブリットであったことが、小気味よく解析されていく。
私が著者と知り合った時、彼女はまだ千野香織門下の院生で、第三章の核となる厚木たかの調査に打ち込んでいた。駆け出しの研究者を、映画監督の時枝俊江氏や映画評論家の石原郁子氏といった今は亡き錚々たる先達が心から応援していたことを思い出す。あの頃、単独で検討されていた厚木の作品『或る保姆の記録』は、本書で、世界のドキュメンタリー史の一部をなすものとして位置づけ直された。とりわけイギリスの企業PR映画との、「女の目」を通じた同時代性の指摘は鮮やかである。著者は、厚木がこの短編に刻み込んだ、働く母たちの連帯意識や、幼児すら動員しようとする戦時行政への抵抗を、丁寧に読み解く。合わせて、その力量ゆえに、後続の厚木の作品群が翼賛体制に呑み込まれざるを得なかったという皮肉な構造を、浮き彫りにしてみせる。
最後、再び、鳩の件。神社ウエブサイトによると「平和の象徴といわれる純白の鳩を境内に放ち『みたま』をお慰めすると共に、その鳩の美しい姿を通じて、やがて成長し、次の世代をになう少年少女の心に、平和の尊さと『みたま』に対する崇敬の念を育むこと」が目指されているらしい。だが、鳩=平和の象徴という理解は、西洋文化のお約束ごとに過ぎない。日本において、古来、鳩は、いくさ神たる八幡の使いとされてきた。鳩のイメージが、本格的に平和をまとい始めるのは、敗戦以降のことである。九段下のあのあたりは、案外に「promiscuous」な場所らしい。
さまざまな局面で軍事への傾斜が先鋭化している今、この本が英語圏で出された意義は大きい。日本語版も是非に、と願う。
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堀ひかり(ほり・ひかり)
コロンビア大学東アジア文学・言語学部准教授を経て、2017年4月から東洋大学文学部 准教授。
論文に「トランスナショナルな映画史の可能性――総力戦とジェンダー規範」『動員のメディアミックス―〈創作する大衆〉の戦時下・戦後』(大塚英志編、思文閣出版、2017年 ) など。
池川玲子(いけがわ・れいこ)
大阪経済法科大学客員研究員、東京女子大他非常勤講師。
著書に『「帝国」の映画監督 坂根田鶴子―『開拓の花嫁』・一九四三年・満映』(吉川弘文館 、2011)、『ヌードと愛国』(講談社現代新書、2014)など。
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