2018年の7月下旬から8月中旬にかけて、WAN会員であるピアノ演奏家・石本裕子さんのコンサートを札幌市、旭川市、函館市の北海道の3都市で実施しました。その企画、運営に携わったメンバーを代表して、コンサートの経緯、内容についてご報告します。

 ことの発端は、昨年の5月20日に札幌市で開催されたWANシンポジウム2017にさかのぼります。ハンガリー在住で札幌市出身の石本さんと私とは1978年頃から共に小樽運河保存運動にかかわり、40年にわたる旧知の仲でありますが、その石本さんからWANシンポへの協力を要請されたのです。この時に実行委員、ボランティアとして結集したのが札幌市在住の工藤遥さん、菅原亜都子さん、笹谷春美さん、五嶋絵里奈さんたちです。私たちはシンポジウム開催に向けた読書会、交流会、準備会を2016年8月から毎月1回のペースでおこない、その席には石本さんもスカイプで参加し、お互いの交流を深めてきました。シンポジウム当日は主に運営の裏方として活動しましたが、石本さんはオープニングセッションで「陽の当たらなかった女性作曲家たち」のピアノ演奏を、工藤さんは実行委員を代表して開会挨拶をおこなっています。

 シンポジウム後、石本さんは7月に盛岡市、新潟市で、12月から翌年1月にかけて高知市、名古屋市、四日市市の5都市で、各地のWAN会員による実行委員会主催による「陽の当たらなかった女性作曲家たち」コンサートをおこないました。

 周知のように、「陽の当たらなかった女性作曲家たち」というのは、石本さんがWANのウェブサイトで連載していたエッセイのタイトルにほかなりません。2015年11月からスタートした初回には、「世界にはたくさんのすぐれた女性作曲家が存在していたのに、これまでほとんど知られてきませんでした。ハンガリー在住のピアノ演奏家石本裕子さんが、彼女たちの生涯を紹介しながらその作品をみずから演奏する、新しい連載を始めます」と紹介されています。2018年6月までの2年8ヶ月にわたり、シリーズⅠ、Ⅱあわせて計24名の女性作曲家たちをとりあげています。彼女たちは18世紀から21世紀の現在にいたる時間的広がりと、アジア、南米、北米、ヨーロッパを出身地とする空間的広がりをもつ、多様な方々で、とても興味をそそられます。

 札幌市出身の石本さんは、地元の北海道でも同様のコンサートをと提案され、それに賛同した私たちは「陽の当たらなかった女性作曲家たち in 北海道」ピアノコンサートの企画を検討し、実行委員会を結成し、札幌市、旭川市、函館市において人的な輪を広げ、プログラムの内容を発展させていきました。

 実行委員会のメンバーは、札幌市では上記5名のほかに池内郁さん、加藤喜久子さん、野村理恵さんが加わりました。旭川市では下間啓子さん、岡本千晴さん、森田裕子さんの3名を中心に、彼女らの仲間が加わりました。函館では、私の大学の後輩でもあり、さまざまのまちづくり活動の同志でもある山本真也さん、佐々木香さん、美馬のゆりさんの3名が中心となりました。

     函館市公民館の外観


 日程は、7月28日(土)の札幌市を皮切りに、8月1日(水)に旭川市で、8月17日(金)に函館市でおこなうことに決定しました。3都市とも、午後の部として0歳児からの親子、障がい児・者を対象に無料で45分程度、夜の部として一般市民を対象に1,000円から2,000円の有料で1時間半程度の、2部構成のコンサートとしました。

 プログラムとして、テクラ・バダジェフスカの乙女の願い、ドラ・ペヤチェヴィッチのバラ、クララ・シューマンのロマンス他を用意しました。

 会場についてはそれぞれに特徴があります。札幌市の「ル・ケレス南円山ミュージアムホール」は、都心部西方の南円山地域の閑静な住宅地にあり、マンションの共用スペースとして設けられた珍しい事例です。ピアノ練習室も設けられており、石本さんはそこを借りて事前練習をされていたようです。オーナーの熱意の感じられる、素敵なホールです。

 旭川市の「旭川市民活動交流センターCoCoDe」は、明治31年(1898年)創建の、旧国鉄の工場をコンバージョンしたもので、煉瓦造の温かみのある、工場ならではの高さとボリュームのある、素晴らしい歴史的建築物です。

 函館市の「函館市公民館」は、昭和8年(1933年)、地元の篤志家の方が浄財、土地等を寄付して建設されたもので、白亜のモダンな建物であり、ホールも本格的なものです。翌年の函館大火の被災を受けずに生き残った、歴史の生き証人でもあります。

函館市公民館のホールでの一般市民向けコンサート

 これらのことを盛り込んで案内ちらしを作製しました。とくに札幌市では、午後の部・親子向けの案内ちらしでは、「0歳から入れる! 親子で聞く女性作曲家コンサート ♫泣く、騒ぐ、だいじょうぶ♬」というキャッチコピーを掲げ、親子誰もが気軽に入場できることを明確にわかるようにしました。

 コンサートの目的として、以下の5点を掲げました。
①ソーシャル・インクルージョン(social inclusion、社会包摂)への展開を目指す。
②北海道におけるWANの認知度を高め、地域的に広げていく。
③ジェンダーと音楽をつなぐ。
④WANと音楽をつなぐ。
⑤WAN会員の日常的な活動や一連の活動と連携し、互いの活動効果を高める。

 とくに、目的の第1点目のソーシャル・インクルージョン(social inclusion、社会包摂)については、衛紀生さん(可児市文化創造センター館長兼劇場総監督)のエッセイ「「社会包摂」及び「社会包摂機能」について-今後、文化芸術を語るうえでのキーワードとなる新しい概念」に共感して用いたもので、そのエッセイの内容に多くを負っていますが、具体的には「文化芸術の一分野である音楽の力により、一部の愛好者に対象を限定することなく、違いのある全ての人々(性別、障がい、貧困、差別、国籍・人種の違いなど)が、平等に社会に受け入れられるようにしていくことを目的とする。今回はその一つの試みとして、先述のような2部構成でおこなうピアノコンサートの第1部で就園・就学前の子育て期の親子や障がいを持った子どもたちを対象に、無料コンサートをおこなう(第2部は一般市民対象のコンサートとトークで、有料)」ことを考えました。

 企画当初より、WAN基金助成金の交付を受けて実施することを予定していました。その交付申請書の提出と採否の結果については、後述するようにいろいろありましたが、最終的には旭川市だけが採択され、札幌市と函館市は残念ながら不採択の結果に終わりました。ただし、仮に不採択となり助成金が得られなくとも、事業は自前で実施することを事前に確認していました。

 私が実際に担当したのは札幌市でのコンサートなので、当日のようすについてはそれを中心にご報告したいと思います。

 石本さんの演奏とトークは、あらためて述べるまでもなく、とても素晴らしいもので、女性作曲家たちのすぐれた才能を感じさせられましたし、彼女たちの置かれた境遇、時代背景などもよく理解でき、音楽を通してジェンダーの問題を考えるという目的の一つは達成されたと思います。

 企画段階では、第1部の無料の親子対象で50人、第2部の有料の一般市民対象で60人を目標に掲げましたが、それぞれ35人と30人にとどまりました。一般市民対象の参加者は、ほとんどが石本さんの友人、知人でした。それに対して親子対象の参加者については、会場周辺のカフェ、レストラン、薬局、地区センター、まちづくりセンター等に案内チラシを配布したことの効果が少なからずみられました。とくに第2部の有料の一般市民対象で、目標の半分しか届かなかったことにより、石本さんのギャラを十分にお支払いすることができず、いまでも心苦しく思っています。こういうクラシックのコンサートでの集客の難しさをあらためて痛感しました。

   札幌市での親子向けコンサート

ステージ上で踊り出す子どもたち(撮影:工藤遙さん)


 ただし、負け惜しみになるかもしれませんが、大ホールで大人数のお客さんの中でおこなわれるクラシックコンサートとは間逆の、中小ホール・少人数でのコンサートは、演奏者と観客の距離が近く、リラックスした、温かみのある雰囲気が醸し出されていて、いい感じでした。

 このコンサートの中で、私にとって最も印象深く、今後の大きな可能性を感じるものがありました。それは第1部の無料の親子対象のコンサートです。子どもも親もコンサートをとても楽しんでいたように思います。上右の写真のように、石本さんのピアノの音色に誘われて、ステージに上がって踊り出す、という光景に出くわしました。音楽と踊りは人間の原初的なコミュニケーションの手段だと私は思っていますが、それを彷彿とさせる、ほほえましいものです。ただし、石本さんにとっては、叫び声などの音は演奏に支障をきたす可能性があり、やや厳しかったようですが。

 コンサート終了後に、参加者全員にアンケートをお願いしましたが、そこにはこの親子対象のコンサートに対する楽しみ、嬉しさ、喜びが綴られていました。それを以下に原文そのままで紹介します。
「子連れでの参加でしたが、ゆっくり楽しめました。」
「小学生の頃、ピアノを習っていたので、子供を連れて来れるコンサート、とても嬉しかったです!」
「子供が産まれてからゆっくり音楽を聞ける時間が持てなかったので、今日は本当にうれしかったです。また女性作曲家の人間らしいバックボーンが楽しかったです。」
「子連れで参加出来るコンサートは少ないので嬉しい機会でした。楽しくて素敵な会でした。」
「子供づれのコンサート、いいですね!! 生の音楽を子供と一緒にきけるってすてきです。」
「(2人の子連れだったので)途中から息子達にハラハラしてましたが、色々な意味で楽しめました(笑)。子連れにはとても光栄な機会でした。」

 実は、このような0歳児から入場できる親子向けのクラシックコンサートには先例があります。静岡市がNPO法人静岡交響楽団の企画で2016年度から年2回、おこなっているのです。その後、沼津市、菊川市など、静岡県内に広がっているそうです。静岡新聞がそれを記事として掲載しており、「泣く、騒ぐ、だいじょうぶ」は、そのキャッチコピーを拝借したものです。静岡市の例では、当初から人気で、1400席を用意しても予約開始から2日で満席になったり、電話がつながらないという声もあるそうです。

 このような事業に対して、WAN基金助成金を交付することには大きな社会的意義があると思います。先駆となり10年間継続して助成し、その後行政などのより大きなところにバトンタッチするといいな、と夢想していますが、いかがでしょうか。

(補遺)  先述したとおり、WAN基金助成金交付には3都市それぞれ別々に申請をおこない、旭川市だけが採択され、札幌市と函館市は不採択の結果に終わりました。交付申請書の提出後、WAN基金運営委員会から9点の補正を指摘され、再提出の依頼を受けましたが、そこには不可解な点がいくつか見られました。以下に列挙します。

1. 当初、3都市のコンサートは一連の1つの事業として考えていましたので、1件分として申請しました。しかし、運営委員会からは「1事業1申請」を原則に、それぞれを切り分けて3件の申請として再提出を要請されました。「1事業1申請」の原則論は理解しました。しかし、2016年度の盛岡市を含む5都市での「陽の当たらなかった女性作曲家たち」コンサートの事業申請に対しては、1件分として採択され、助成金が交付されています。2016年度のケースでは認められているのに、私たちのケースでは認められなかったのはなぜでしょうか。

2. 私たちのコンサート事業は、2016年度の「陽の当たらなかった女性作曲家たち」コンサート実行委員会の事業と基本的には同じで、会場だけが変わったもの、と受け止められたようで、新規ではなく継続とするよう要請されました。確かに大部分は同じで、このように判断されてもいたしかたないところもありますが、事業目的の第一に「ソーシャル・インクルージョン(social inclusion、社会包摂)への展開を目指す」ことを掲げたこと、その目的にしたがった事業内容として、2部構成でおこなうピアノコンサートの第1部で就園・就学前の子育て期の親子や障がいを持った子どもたちを対象に無料コンサートをおこなうことは、2016年度にはなかった新規のものであると同時に最も重要な点であると自負しています。

3. 札幌市、旭川市、函館市の3都市でのコンサート事業は、場所と実行委員会のメンバーが異なるほかは、目的、内容などの主要部分ではまったく同じものでした。それなのに旭川市だけが採択され、他の2都市では不採択となったのはどうしてでしょうか。

 これら3点について、納得のいく説明は得られていません。説明責任が不十分であると思っています。こういうことを契機として、WANを支援する人々の輪やWAN自身の活動の幅が狭まりはしないか、私は危惧しています