「本当は恐ろしい」という形容詞で語られることの多い、グリム童話。そこに収められた200話ほどの物語のひとつに、『手なし娘』というお話がある。――悪魔と契約を交わしてしまった父親に両腕を切り落とされ、あてのない旅に出ることになった娘が、旅の途中で王さまに見初められ、結婚をする。やがて子ども(男児)をもうけるが、またもや悪魔の策略によって、王さまの留守中に子どもを連れて城から逃げる羽目に。しかし、彼女は天使に守られ、やがて手をとりもどし、苦難の末に迎えにきた王さまとともに城へ戻り、幸せに暮らした――という粗筋だ。本作は、この『手なし娘』を原案に作られたアニメーション映画である。
子どものころ、グリム童話といえば『赤ずきん』や『ブレーメンの音楽隊』、『わらと炭とそら豆』などが好きで、「不遇な娘が、困難を経て幸せな妃になる(絶対的な地位やお金をもっていて、見目のよい、優しい男性に選ばれて幸せになる)」お話はつまらないと思っていた。だから、実はこの映画にもさほど期待を寄せていなかったのだが(スミマセン)、2018年に見た新作映画の中で個人的にはベスト3に入る、大切な作品のひとつになった。
監督は、本作が初の長編アニメーション作品となる、フランス出身のセバスチャン・ローデンバック。この作品で、世界最大のアニメーション映画祭として知られる「アヌシー国際アニメーション映画祭」で、2016年に審査員特別賞と最優秀フランス作品賞をダブル受賞している。ローデンバック監督が創作を加えたストーリーの魅力もさることながら、「クリプトキノグラフィー」という、斬新でユニークな表現技法を取り入れて描いた、個性的でイマジネーションあふれる映像が評価されたようだ。
クリプトキノグラフィーは、「暗号描写」と訳される。「暗号」を意味するクリプトグラフィー(cryptography)と「映画」を意味するキノ(kino)を組み合わせた造語なのだそうだ。1枚では何が描かれているのか分からない暗号のような絵をつなげて、アニメーションを作る。この手法を採用した本作は、線や色が極端に省略され、あまりの省略ぶりに驚く、というよりも当惑させられる。なにしろ人物や風景の輪郭がつながっておらず、細部も全く描かれていない。色さえも、かろうじてある輪郭を無視するかのように置かれている。それでいて常に、描かれていないものをわたしたちに強くイメージさせながら、動いてゆく身体と風景、心情、そして物語を追いかけずにはいられなくする表現に満ちている。彼は、たった一人で、76分の作品の作画の全てを1年ほどの期間で仕上げたのだそうだから二重に驚かされる。
登場人物たちに個性を与える声(少女の声を担当したのは、映画『彼は秘密の女ともだち』(14)に主演したアナイス・ドゥムースティエ。今回、どの声優さんも役柄に合っているのですが、とくに彼女の声がいいです!!)、そして音と音楽の伴走も魅力的だ。この表現を体験できるだけでも、本作は見る価値があると思う。
しかし、本作で強調したいのはストーリーの魅力である。創作されたストーリーの一端をご紹介したい。――たとえば、主人公は、排泄をし自慰もする「清らかな」少女であること。彼女に手を取り戻させたのは、天使の保護などではなく、自らの闘う意志であること。もちろん、彼女が最後に選ぶ未来は「王さまと城にもどり、満ち足りて暮らしました」ではない。童話の神話的なモチーフを残しながら、力を削がれた少女が成長とともに手にする野生を現代的に描いていて心が踊る。
エンドロールに流れるエンディング曲「Wild Girl」は、クラリッサ・ピンコラ エステスによる著書『狼と駈ける女たち―「野性の女」元型の神話と物語』(日本語訳は1998年、新潮社から出版)を参考にして監督自身が作詞・作曲したものだそうだ。他にも、紹介したいこと、大好きなシーンはたくさんある。ジェンダー的な視点から観ても、興味深い作品になっていると思う。…これだけ褒めたからというわけではないが、もしも本作に一つ希望を言うとしたら、わたしは、彼女には女の子を産んでほしかったな。あ、でも城には戻らないのだからどちらでもいいか。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
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