「Communications of the ACM」2019年5月号




「日本において女性の社会進出は世界でも遅れている。」「女性管理職や取締役の数は世界でも最低レベル」と言われていますが、海外に出れば女性も昇進しやすいのでしょうか?特にハイテク企業の現実はどうなのでしょうか?もしかしたら、私の周りだけが遅れているのかしら。。。と不思議に思っていました。
今日は世界のコンピュータサイエンス分野における報告です。


寄稿記事:https://cacm.acm.org/magazines/2019/5/236409-countering-the-negative-image-of-women-in-computing/fulltext

コンピュータサイエンス分野において影響力のある国際学会の一つ、ACM (Association for Computing Machinery)が発行する月刊誌「Communications of the ACM」2019年5月号の第一特集記事「Countering the Negative Image of Women in Computing(コンピュータ業界における女性のネガティブイメージへの対抗)」をご紹介します。ACMは数学や計算機科学分野の専門学会で、このようなジェンダーやレース(人種)をテーマにした記事が第一特集になる事は非常に珍しいことですが、5月から始まるアメリカの夏休みを前に、コンピュータサイエンス分野の教育という切り口から掲載されたのではないでしょうか。

最近のメディアは、シリコンバレーにおける性別や民族の多様性の欠如に注目しはじめています。ハイテクキャリアを放棄した女性や少数民族が、女性差別的で排他的体育会系文化(本文では”bro" cultureと書かれていますが、これは造語でUSA todayによると女性を排除し男性が主導権を掌握するセクハラの一つ。日本語の感覚では排他的な体育会系というニュアンスだと思います。)、敵対的な職場、リーダーシップ業務に就く事を妨害、偏見による参入障壁が理由である、と記しています。

日本では「セクハラ」というと職位上の立場を利用して性的関係を求める事と思われていますが、海外では性別を理由に昇進を阻む、職務に権限を与えない、業務上必要な情報を与えない、などがメインです。例えば私が出張したヨーロッパのある国では、オフィスのトイレは全てユニセックスで、廊下から直接個室に入ります。個室内は男女用2つの便器、手を洗う洗面台、着替えスペースなどを設置しています。これはトランスジェンダー対策でもありますが、女(男)性用化粧室内で業務に関する話をして男(女)性にはその情報を聞くチャンスを与えなかった、と訴えられるリスクを防ぐためでもあります。例えば日本の場合だと、残業後の居酒屋に男性上司と男性部下が飲みに行き、その場で次のプロジェクトの話をしながら、人事担当者を呼んでその場で人事を決めてしまう、良くある話ですがこれはセクハラに相当します。

黒人とラテンアメリカの女性は特に少ないです。2016年にアメリカでコンピュータサイエンス分野で学士を取得した黒人とラテンアメリカの女性は合わせて4.4%しかいません。全学部対象で女性は1995年に28.5%、2004年に25.1%、2014年には18.1%いました。

英国のChartered Instituteの2014年の調査によると、女性は男性よりもIT分野の保守・技能職に就いている人が多く、専門的および開発職で働いている人は少ないそうです。コンピュータサイエンス分野における性別人種別差別があることが示されています。

ちなみに、最近のIT大国インドを含む中央アジア、中国台湾韓国と日本を含む東アジアは、アジア系として分類されます。記事では言及されていませんし、正確な数字はありませんが、インド中国のおかげでアジア系女性は少なくありません。しかし、昨今ハイテク企業におけるインド人男性の経営者や企業リーダーは増えてきましたが、女性はやはり保守管理技能業務に留まっていて、管理職や上級職に就きにくいという傾向は同じだと思われます。

社会文化的ジェンダーバリアの存在にも言及されていて、「能力(Competence)」と「暖かさ(Warmth)」の高い低いを元に4つに固定観念(ステレオタイプ)を分類した図も掲載されています。

この表の分類が適切か、説明や例(アジア人やフェミニストに関する分類)が正確かどうかには、ここで言及しませんが、この文の中に「女性は自ら、テック業界において女性のステレオタイプを促進し、自己敗北を正当化する思考を作り出す偏見を示す事がある。」と書かれています。研究者が、10代と大人の女性が、技術についていかに「習慣的な女性の無能の地位」を描いているかについて説明しました。このような調査に参加した女性は、より伝統的で進歩の少ない女性性を頻繁に呼び戻して、自分たちのパフォーマンスに制限をかけています。このような場合、女性は技術から遠ざけ、興味が無い事を示すツールとして自分たちの性別を使います。

このような固定観念の影響は、コンピュータ業界のみならず指導者的立場(管理職)に就く女性にも影響を与える可能性があります。

2016年障壁と偏見に関するレポートで、アメリカ大学女性協会(AAUW)は、リーダーシップにおける女性の地位は、黒人、ヒスパニック系、アジア系女性はしばしば白人女性よりも固定観念や無意識の偏見にさらされていることを強調しています。この影響は、企業、非営利団体、政府、学術界においても大きな違いは無く、またそれはマスメディアにおけるネガティブで、しばしば固定観念的なイメージに対抗したとしても、限定的役割モデルについて議論されました。

たとえコンピュータ業界に職を得たとしても、不当な扱いによって過小評価されたプロフェッショナルの離職率についてのデータも示されています。米国の女性は男性よりも45%多くの人がコンピュータ業界やITから離職しています。離職理由は、排他的体育会系文化、固定観念、家族の問題、労働条件、組織的な風土、そしてスポンサーと援助者の欠落、2014年のCenter for Talent Innovationなどによると、明らかな個人的な偏見と共にコンピュータおよびIT業界のキャリアを重ねる上での障壁があると認識されています。

私が日本で働いた時の経験ですが、私が新しいプロジェクトを提案しても、年功序列によって専門分野違いで社内失業中の男性年長者がリードマネージメントになり、プロジェクトを潰されたこともありました。しかしそんな時にも「誰がリーダーになっても、会社のためになれば良いじゃないか」と諭され、私にとって生きるやりがいである仕事とモチベーションを搾取されたと感じました。

結論として、日々のニュース報道などメディアからコンピュータおよびIT業界における女性の固定観念(ステレオタイプ)的なイメージが流される事で、これらの業界、教育現場、雇用においてもそのイメージは反映され、更に業界における男女平等とキャリア選択において、女性が自らの教育的および職業的生活について下す決断に影響を与え続けています。

このようなネガティブなイメージは、コンピュータIT業界に参画する人数の保持と「技術を諦める人」の数の減少という観点から、未来と現在双方に影響があります。またマスメディアのイメージに見られるネガティブな固定観念が、就職前あるいは失業中の女性の、データサイエンス、サイバーセキュリティ・プライバシー、人工知能、仮想現実および機械学習のような最先端キャリアへの参加にどのように影響するか、とても興味が持たれます。コンピュータサイエンスと関連技術業界は、他の社会一般と同様に、公平なコンピュータITの役割を促進させなければならず、また関連するイメージは、必要な包括的なメディアの文化変容、役割と仕事のアイデンティティとそれらの交差を表します。適切なワークライフのバランスを持ったアーチファクトと共に、多文化における包括的な女性の役割は、教育者、STEM(Science Technology Engineering Mathematics)分野のリーダーおよび教育の戦略立案者の研究開発における課題となるべきです。包括的で現実的な役割のイメージ・モデルは、学術界やテック業界における過小評価されたマイノリティの数を増やす事に役立つかもしれません。

確かに、長い歴史人生上女性は男性よりもマルチロール(複数の役割)を同時に担う事が多く、それに慣れて長けているのであれば、会社組織においても多人種の持つ多様性や多文化を持つチームをまとめ上げるリーダーシップという役割を担うには、女性が適している、と言う解釈ができると思います。

個人的な感想として、日本社会あるいは私の周囲だけではなくコンピュータサイエンス業界は他業界と比較して、ダイバーシティもジェンダー平等参画も世界全体で遅れている、と思いました。昨今のアメリカテレビドラマで、黒人やラテンアメリカ系女性が弁護士事務所の所長で、白人男性がその部下、という設定があります。おそらく制作側も人種性別の固定観念を排除するために意図的にこのような設定にしているのかもしれませんが、しかし現実のハイテク業界で技術のトップが黒人やラテンアメリカやインドを含むアジア系の女性で、白人男性がその部下、という図は見た事がありません。それどころか開発部門で女性マネージメントを見るのも非常に珍しいことです。純粋に知識や能力的に差があるとは思いませんし、スタッフをエンゲージするのに必要なのは性差ではなく人間性だと思います。

女性学に見識並びにご興味のある皆様は、おそらくあまり馴染みの無い業種分野のこのような実情についてどのようにお考えでしょうか。

なお、紹介記事の和訳については説明の都合上意訳しています。

「Communications of the ACM」2019年5月号第一特集記事「Countering the Negative Image of Women in Computing(コンピュータ業界における女性のネガティブイメージへの対抗)」概略紹介ビデオもご参照下さい。