
2018年11月に欧米を中心に発売されて以来、世界で1000万部の大ベストセラーになった前アメリカ合衆国ファーストレディ、ミシェル・オバマの回顧録。原題はBECOMING。人間は常に成長し続けているというのがミシェルの考え方で、本の刊行時に公開した動画でも、「自分は人生という旅の途中にいて、まだ、あるべき姿を模索している」と語っている。
読みどころは随所にある。第二部は、名門プリンストン大学を卒業し就職した大手法律事務所で高収入を得ながら、ひたすら書類を処理する仕事にやりがいを見いだせず悩んだり、バラクと結婚し出産したあと、家事・育児のワンオペで日々憔悴し不公平感で怒りを爆発させる様子を臨場感たっぷりに描く。第三部では、権限のないファーストレディの立場で何ができるか、考えに考えて、様々なプロジェクトを立ち上げ実現させていく。制約がある中でアイデアをひねりだす様子は、ビジネス自己啓発にも通じる。
第一部では、ミシェルが育った1960~1970年代のシカゴでの暮らしが、細かいエピソード満載で紹介される。市の浄水場でボイラー技師として働いた父は、多発性硬化症のため歩行困難が進んでも、決して仕事を休もうとしなかった。母は専業主婦で、家計を上手にやりくりし、季節の行事を楽しませてくれた。週末になると多くの親戚が祖父母の家に集まって、おしゃべりをしたりジャズを聴いた思い出も語られる。激しい差別を経験した祖父の社会への怒りと絶望を間近で見て、不平等、格差への意識が芽生え始めた。
回顧録の最後は、ミシェルが全く予想しなかったトランプ大統領の誕生で終わる。トランプの大統領就任式は白人男性ばかりで、人種の多様性が見られた夫の就任式とは全く違った。プリンストン大学、シカゴの大手法律事務所で経験してきたのは、その場にいるほとんどが白人男性という状況だった。権力の階層を崩すのは容易ではなく、画一性はさらなる画一性を生む、と危惧する。
「自分はいたって普通の人間だが、自らの経験を語ることで、他の人も自分の意見を発信し、誰がどんな理由でそこにいるのか伝わっていく可能性が広がってほしい」と、結んでいる。「他者を知ろうとし、他者の意見に耳を傾けるのは美しい。人はそうやって前に進んでいくはずだから」と言い切るミシェルが今後どんな活動を始めるのか、楽しみだ。
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