冒頭ですが、正直に言っておきましょう。これはかつて「私宅監置」を強制された「精神障碍者」をめぐる重いフィクション映画です。コロナ禍の不自由さにもましてたくさんの人々が、経済的困窮に追いやられている現在、さらなる重荷を共有するのは、ごめん被りたいとお感じになるなら、お気持ちはよくわかると申しておきます。
でも、あまり防衛的にならないでください。見たり聞いたり触れたりしなければ、当該事態が不可視化されるわけでも削除されるわけでもありません。そして短絡を承知で言えば、差別を作り助長するのは、なんといっても「無知」です。大学を卒業後日米の精神病院で働き、帰国後も「心の問題」や反差別に関わってきた評者としては、辛くてもぜひ事実に向き合って頂きたいと心から願います。
映画は、目鼻だけ空いた白いマスクをかぶり白いベールに包まれた女性が、はだしで歌い舞うところから始まります。彼女は、後にフジさんと言われることがわかりますが、私宅監置された人々の象徴として立ち現れます。
私宅監置。1900年に発出した「精神病者監護法」という名前の法律により、精神障碍者を小屋などに隔離して、地域社会の安寧を保とうとした、国家制度の一つです。日本では1950年に禁止になりましたが、沖縄では本土復帰の1972年まで残されました。隔離の犠牲者は、人生を奪われ人として、尊厳を奪われた人として、無言で世を去りました。
現在沖縄に住む原和義監督は、いまだに残る小屋(コンクリート造りもある)とかつてそれらに監置されていた人々の縁者や、病者が小屋を出た後に関わった、精神科医や保健師を尋ね歩き、彼ら彼女らの消息をたどっていきます。一人ひとりの人生には長い物語があったはずです。でも彼らのそれらは概して短い。
フジさんの居た小屋は、壊れかけて残っていましたが、棒を互い違いに置いた粗末なものです。しかし外には出られません。小屋には食事を入れる穴と仲にはくりぬいたトイレがあるのみ。中は汚物にまみれ不潔極まりなかったことは容易に想像されます。病者のなかには、ほとんどが10年以上の単位でとじこめられていたようです。ちなみに言えば、精神障碍者のなかに多い統合失調症は、自閉無為が症状の特徴ですから、どこかに閉じ込めておくことは最大に反治療的と言えます。
ついでに評者の体験を書かせてください。20代の中頃、東京の古い大きな精神病院に勤めていました。もう55年ぐらい前になります。ある日一人の女性患者さんが入院してきて当時保護室と言われた個室に入りました。病棟の入り口に鍵、個室に鍵があって看護者に開けてもらわなければ私などは入れません。中はコンクリートの打ちっぱなしで隅にくりぬかれた穴がありました。映画の小屋みたいなものです。その彼女は、たしか30代か40代。状態の落ち着いているときは、訪れた私に近づいてきて、「やっちゃん来る?」と聞きます。発する言葉はそれだけ。自宅の座敷牢に入れられていて、立って歩くことはできなくなり、いつもイザっています。もちろんコミュニケーションは不可能。状態が悪いと服はボロボロに破れ裸で、食事も手掴みです。家族が持て余して入院させたのでしょう。現在はありえませんが、半世紀前には、東京でもこんな事例があったのでした。私は彼女の声も様子も決して一生忘れないと思います。
で、話を戻しましょう。
きっかけは、1960年代に東京から沖縄に医療支援に行った精神科医、岡部武さんの取った、監置小屋にいる患者さんの様子です。その写真を見せられて原さんは、小屋の人たちから「あなたはなぜ私を見ているのか」「あなたは何者か」「何をしているのか」という鋭い眼光で、射貫かれ、声が聞こえてくるようだった、と言います。岡部さんは、2017年の取材当時91歳でお元気、原さんの質問に、フィルムの裏に書いていたメモを見ながら答えています。
病者がなぜ監置されたのかは、言うまでもありません、家族にとって「家の恥」だからです。国や地域社会とすれば、安全や秩序を乱ということでしょう。その背後には大きな差別があります。原さんは、差別や烙印より、犠牲者の存在が排除され、取り残され、運命の過酷さにもてあそばれたことを強調されているようです。もちろんそれは大事なことですが、評者としては、今でも残る障碍者に対する差別感に一人ひとりが向き合ってもらいたいと強く思います。そしてこの映画を見ていただきたいのです。それが声なく逝った人たちへのお詫びの祈りとなるからです。
原さんは、エンドロール近く、小屋から外を見ている患者さん一人ひとりの名前を読み上げています。
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スタッフ
監督・撮影・編集:原 義和
制作:障碍者映像文化研究所
プロデューサー:中橋 真紀人
ナレーション:宮城 さつき
制作協力:沖縄県精神福祉会連合会 沖縄YWCA
コピーライト:2020原義和
東京、新宿のK’s cinemaにて4月12まで上映。その後の上映日程は、公式サイト
でご確認ください。
なお本作品は、文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動事業)助成を受けております。