今月はカナダの作曲家、アレクシナ・ルイ( Alexina Louie )をお送りします。移民二世の中国人両親の下、1949年バンクーバーに生まれました。父親は同地のチャイナタウンで手広く食品事業を手がけていました。娘が音楽の道に進むことには反対しましたが、アレクシナはメキメキと才能を発揮し、現在までカナダの第一線で活躍し、2019年には古希を祝う大々的なコンサートも催されまし
た。
7歳でピアノを始め、17歳で王立ブリティッシュコロンビア音楽院に入りました。伝説のピアニスト、グレン・グールドも同窓生として名前を連ねる名門校です。地元の音大作曲科専攻を経て、合衆国カリフォルニア大学サンディエゴ校の作曲科で、1974年まで研鑽を積みました。卒業後はカリフォルニア周辺にとどまり、パサディナやロスアンジェルスの音楽学校に教職を得て、並行して活発な作曲活動を続けました。その後1980年にカナダはトロントに拠点を移し、現在まで活動を広げてきました。
学生の博士論文のための取材インタビューに熱心に答えており、そこから彼女の人となりを知ることができます。幼少期は心の内の表し方も知らず、無口に佇む子供だったのが、ピアノと出会い、ピアノが自分を表現する手段だったと、後から感じたそうです。
バンクーバー時代にその後の彼女を決定付ける2人の先生との出会いがありました。1人はピアノの先生で、求めるレベルが非常に高く厳しい指導でした。でも、そこには必ずユーモアと精神的な
サポートがあり、習ったことは翌週までに直していこうと感じさせる指導でした。演奏家としてステージでの心の持ちよう、いかに自分があるがまま心地よく居られるかの精神性など、多岐にわたって教えを受けました。彼女に出会わなければ、現在の自分はいなかったと思うと語っています。
もう1人は大学の作曲の先生で、アメリカ出身、ジョークが面白い先生でした。いわゆるコチコチの教授然とした先生だったなら、楽しみながら学ぶことはなかっただろうし、当時は音楽史専攻だったことから、この先生と出会わなければ、そして先生からの勧めがなければ、作曲の道は選ばなかったとまで語っています。この2人の先生については、様々な場面で話しています。
アメリカ時代はまだ駆け出しの作曲家で、コミッションだけで生きられるほどのキャリアもなく、たくさんの生徒にピアノを教え、カクテルラウンジのピアノ弾きを週4回、成人学校の夜間クラスでは様々な人種の生徒たちに出会い、授業に使用するためにウクレレも自ら習い、教室の後ろに並んだ電子ピアノを使ったグループレッスンでは、大声を張り上げて格闘しました。食べて行くために出来る限りのことをしました。
作曲家としての初期には、いわゆるモーツアルト、ベートーヴェン、バッハと、伝統を踏襲する作風に行き詰まりを感じていたところ、親しい友人から、これを機会にアジア人としての自らのルーツをじっくり考えてみたら?と助言されました。記憶を辿れば、バンクーバーの中華街では、毎年、父親に手を引かれて春節(旧暦の正月)のお祝いが楽しかったこと、バンクーバーの中華街はせいぜいで3ブロックほどの小さな規模だったけれど、銅鑼の音が華やかで、ドラゴンの踊りにも魅せられワクワクしたこと等を思い出したのです。
この友人が日本の和楽器も紹介してくれ、アジア音楽の新しい世界に分け入る大きなきっかけをもらいました。日本、韓国、インドネシア、ジャワ、北インドのラーガ等の各国の伝統音楽に触れ、個
人の先生から中国の楽器奏法も学び、自分のものとしました。また、中国哲学『陰陽』の理論を学び、中国琵琶と出会い、楽器のコレクションも始め、様々な経験と実践から、潜在的、無意識的に内包していた自分のルーツを呼び覚まし、同時に生まれ育ったカナダの西洋的感覚を融合し、独自の作曲技法へたどり着いたのです。
ユニークな数々の作品は、年を追うごとに注目を浴び、委嘱作品が増えました。後年、インタビューで、この環境はカリフォルニアに住んでいたからこそ出来たこと、カリフォルニアに移らなければ、現代作曲家になっていなかっただろうと思う、とまで語っています。加えて、1973年には父親が家族全員を生まれ故郷の中国の街へ連れて行ってくれ、中国の古楽器に実際に触れてコレクションも増え、さらなる学びを得たそうです。
作品はオペラ、バレエ、オーケストラ作品、協奏曲、室内楽作品、合唱曲、ソロ作品はピアノの他にチェロ、ハープの作品と、多岐にわたります。
作品は次々と認められ、世界的な指揮者のシャルル・デゥトワ、L.スラトキン、アンドリュー・デイビス等も彼女の作品を起用しています。カナダの代表的なオーケストラ、現代音楽のアンサンブルグループ、ソリストたちが好んで弾くようになりました。バンクーバー交響楽団は1986年の万博ガラオープニングで彼女の作品を起用し、89年にはモントリオール交響楽団が、ニューヨークで国連の日に彼女の曲を演奏しました。トロントシンフォニーは、ヨーロッパツアーで彼女の曲を演奏し、カナダ出身の日系ピアニスト、ジョン・キムラ・パーカーは、東京のカナダ大使館イベントで "Scenes from a Jade Terrace"を初演しました。彼の演奏によるこの作品の第2番 "Memories in an Ancient Garden"を、出典にご紹介しています。
東洋と西洋を結びつけたピアノ曲では、楽器の特性を熟知した響きやリズム、そして「陰陽」をベースに置き、動と静、高さと低さ等、全く違う2つの要素を取り入れた秀逸な作品を書きました。"I Leap Through the Sky with Stars," "Music for Piano," "Fast Forward,"等を、動画サイトでお聞きになれます。1998年製作のカナダ映画、ドン・マッケラー監督の"Last Night"では、夫のアレックス・パウク(Alex Pauk)と共同制作で音楽を担当し、カンヌ映画祭やカナダ国際映画祭の受賞作品となりました。
数ある作品の中で、筆者には ”Take the dog sled "(2008年)が心に残りました。7人の管楽器奏者による室内楽をバックに、カナダ先住民のイヌイット族に伝わる喉笛(throat voice )をイヌイットの女性2人が向かい合い、お互いの腕を抱きながら、輪になり奏でる様は、初めて触れる音楽でした。
西洋と先住民族の音楽を共鳴させた作品は、指揮者ケント・ナガノ率いるモントリオール交響楽団がヌナヴィック(Nunavik)への初めてのツアー時に、作曲の依頼がありました。ヌナヴィックはイヌイット族の大方が住むケベック州北部に位置しています。その後、作品録音はアレックス・パウク率いるEsprit Orchestra によりリリースされました。
批評はこちらです。“This is music both evocative and fun, seriously expressive yet filled with a joy of gaming in its own way. It is not your expected Modern Chamber fare and so refreshing in its somewhat independent cast. Very recommended.”– Gapplegate Classical-Modern Music Review
受賞も数知れず、グラミー賞にあたるカナダ国内のJUNO賞で、ベストクラシック作品賞を2回受賞しています。それでも上記の博論のインタビューの最後では、若い学生に、「ここまで日々書き続け、出来る限り努力してきました。誰かが月々高給で雇ってくれる身分でもなく、作曲家は日々チャレンジを続け、チャンスをものにしていくのです。現在は幸いにもコミッションの収入で生きていけますが、作曲家の人生は決して易しくないです。その上、作曲界はいわゆる”ボーイズクラブ”ですから、女性作曲家はどこまでも険しい道を生きていくしかありません」と語っています。
出典/References
アレクシナ・ルイ ホームページ http://www.alexinalouie.ca/home
ASIAN INFLUENCES IN ALEXINA LOUIE'S PIANO MUSIC
Kim Yoomi,J. The Evolution of Alexina Louie’s Piano Music: Reflections of a Soul Searching Journey
http://rave.ohiolink.edu/etdc/view?acc_num=ucin1241858005
Take the dog sled -Virtual Album Launch
https://www.youtube.com/watch?v=gORQTZ9UzN8
https://www.icareifyoulisten.com/2021/02/5-questions-to-alexina-louie-composer-and-evie-mark-throat-singer/
John Kimura Parker plays A. Louie, "Memories in an Ancient Garden"
https://www.youtube.com/watch?v=9yh4EGWaGlo
https://www.youtube.com/watch?v=bQSTuuEn2aI&t=15s
https://panm360.com/en/records/alexina-louie-take-the-dog-sled/
この度の作品演奏は、2人のお嬢さんに献呈した1994年作曲の曲集 ”Star Light, Star Bright" から"Shooting Stars" と"O Moon" をお聞きいただきます。