( 千田有紀さんよりいただきました)


井上輝子さんと初めてお会いしたのは、前世紀のことだ。とある雑誌の「井上輝子さんに聞く」というインタビューの企画で、確か井上さんは出がけに電話を受けたとかでのんびりとこられた。そうやって押して始まったにもかかわらず、井上さんとは何時間もお話をしたように記憶している。駆け出しの研究者の未熟さで、いま思い出しても顔から火が出る思いがするのだが、インタビュアーの私の方が明らかに多く喋って、喋って、喋りつくした。いまのフェミニズムの現状や理論的課題、危惧していること、理論化が足りないと思われること、などなど。それでも井上さんはニコニコと聞いてくださって、「あなたのような若い研究者が出てきてくれて、心強いわ」と優しく言ってくださった。とても自信がない時期だったし、輝子さんがニコニコと、そして的確に把握して聞いてくださったから、とても嬉しかった。

井上さんの女性学の定義は、「女性を考察の対象とした、女性のための、女性による学問」。ポスト構造主義の全盛期にジェンダー論を習った私からすれば、とても勇ましく、どんなに闘争的なリブの闘志なのかと思ったら、輝子さんは柔和で、対話的で、とても粘り強いかただった。「女の女による女のための学問って、リンカーンみたいな定義をされるくらいだから、とても怖い人なのかと思ってました」と、また失礼なことを言ったように記憶している。本当に申し訳ない。

その後は、日本女性学会の幹事などで何度もご一緒させていただき、学会があれば旅先で食べたり飲んだり、観光したり。多くの時間を共有させていただいた。とくに美味しいものが好きで、人生を謳歌する術にたけている元同僚の船橋邦子さんと、ちょっと真面目な元生徒会長(副会長?)だった輝子さんのペアは、傍目にも面白い塩梅で笑いが絶えず、とても楽しい時間だった。

WANの女性学ジャーナルでも、ご一緒させていただいたのに、私用で非常に忙しくて、あまりお会いできなかったのが返す返すも残念である。それでも、この1年の間に、zoomや電話でお話しする機会を持てて、本当によかった。輝子さんは、リブ合宿にも参加されていて、そういった話をお伺いするのがとても楽しみだった。「私はちょっと(リブより)年代が上だもの」「片隅にいただけ」などとおっしゃっていたが、輝子さんの著作にはリブのスピリットを感じる。それでいて、つねに新しいものを勉強して吸収されるように努められていた。頭が下がる。

ここ数年は特に「間に合うかしら」とおっしゃっていた。女性運動の歴史、女のひとたちの人生を書き留めるために、多くのかたにインタビューをされていると聞いていた。「自分が生きているうちに終わるといいんだけど」が口癖で、そんなことを言わないで欲しいと思っていたが、訃報を聞いて本当にがっかりとしてしまった。本当に数か月前まで、元気にお話されていたのに、なんで、という思いである。急なことで無念だったと思う。でも研究とは関係なく、輝子さんにはもっと長生きしていただきたかった。

かつて、311の震災をめぐって、フェミニストのひとたちが何を考えたのか、何が変わったのかを聞く連載をもったが、輝子さんにはその1回目をお願いした。新宿の小さなカフェではどうでしょうかといったら、「こういう若いひと向けのカフェはいままで体験したことがけれど、試してみるのもいいかもしれないわね」と目を丸くして、いたずらっ子のように笑ってくれたのが、とても印象に残っている。結局、体調を崩されたとかで、ご自宅にお伺いさせていただくことになったが、山の上の瀟洒な邸宅でのんびりとお話を聞いた経験を、こんな風に思い出すことになるなんてあのときは想像もしなかった。輝子さんとの時間が懐かしい。ご冥福をお祈りしたい。

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井上輝子さん追悼 WAN掲載記事 https://wan.or.jp/article/show/9659
みなさまからの追悼のお言葉は以下にも掲載されています。
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