「AIの時代」「スマートな未来」などという言葉を聞くと、身が縮むような思いがする。もちろん、自分がその対極にいることを自覚しているからだ。
スマートフォンは持っていないので、LINEもできない。古式の折りたたみ式携帯が相棒だが、それすらよく忘れるので、スマートに生きようという気もないのが明らかだ。ちなみに先日はついにリュックサックごと玄関に置いたまま、手ぶらで出勤してしまった。
そんな低レベルの話ではないのだろうな、とこわごわと本書をひらくと、第1章からAIが大活躍のスマートな未来像が示される。たとえば、冷蔵庫の中身を把握して教えてくれるAI。これで家人と買い物がかち合い、ブロッコリーとバナナを各1個持ち寄るという悲劇も繰り返さなくてすむ!
さらに次章では、そうした未来を支えるAIの技術を俯瞰しながら、その光と影が示される。深層学習が得意という反面、人類の黒歴史からバイアスのかかった判断を導いてしまう危険性もある。「理系科目は不得意だから」と決めつけないで、と序章で著者からくぎを刺されていたにもかかわらず、このあたりでくじけそうになっていたところ、タイトルにもある決定的なキーワードが提示される。
「創造力」と「共感力」。とりわけ、学び発想する場面における「共感」の重要性を、著者はアトリエ的学習空間を例に用いてわかりやすく提示している。そこでは、学友の制作を横目でチラチラみながら学び合い、師匠から作品の講評を受け合うことで自分の考えを外化し、他者の視線、つまり「異なる声」を取り入れてさらに作品を磨く作用が循環的にはたらいているという。
何かを発想するときに、自分のひとりよがりでは限界がある。自分のそばにいる誰かの視点に立つと何が見えてくるか。さらに想像の羽をのばして、知らない誰かの視点に立つとどうだろうか。こうした「共感力」の上に立つことで浮かび上がってくる課題に光をあてることが、未来を変える「創造力」につながっていく。AI研究において今のところ実現が難しいとされているこうした力の延長上に、きわめて人間的といえる「ケアの倫理」があり、「誰一人取り残さない」社会の創出が見えてくることを本書は示唆している。
AIは、人間のめんどうな部分を肩代わりしてくれる存在ではない。スマートなデバイスさえあれば、私たちは幸福になれるわけでもなさそうだ。どこまでも相互依存的で、失敗を繰り返す存在である人間に押し寄せる課題に、力を貸してくれて、伴走してくれる存在なのかもしれない。不確実な未来を、AIと人間が手を取り合って、少しでもよい方向に舵をとるためには……。最終章で投げかけられた「未来を考える20の問い」を胸に刻みながら、ジュニア世代も大人世代も、何度でも読み続け、考え続けたいテーマである。
◆書誌データ
書名 :AIの時代を生きる : 未来をデザインする創造力と共感力(岩波ジュニア新書)
著者名:美馬のゆり
頁数 :216頁
出版社:岩波書店
刊行日:2021/10/22
定価 :946円(税込)