女性学ジャーナル

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  • 石内都の「横須賀ストーリー」 境界の傷跡

    2019/07/13

    • カルチャー

    著者名:但馬みほ

    著者プロフィール:但馬みほ(たじまみほ) 1965年神奈川県横須賀市生まれ。10歳から11歳にかけてブラジルに住み、長じてからは15年間アメリカ・カリフォルニア州に居住する。様々な職業に従事した後、2006年、41歳でカリフォルニア大学バークレー校に入学。2009年、同校卒業(East Asian Languages and CulturesとAsian Studiesを複数専攻)、Highest Honorsを授与される。離婚して日本に帰国するが、日本近現代文学、比較文学、ジェンダー批評に主軸を置いた学際的研究を続けるために、2012年城西国際大学大学院に進学、2018年3月博士号取得(指導教授:小林富久子教授)。比較文化博士。現在は語学教育のNPOに勤務しながらインディペンデント・リサーチャーとして研究活動を続けている。

    コメンテーター:池川 玲子(いけがわ れいこ)

    石内都の「横須賀ストーリー」 境界の傷跡

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  • 私にとっての「女性学」という場 ――水田宗子の女性学と草創期の議論を再考して――

    2019/09/09

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    著者名:石島亜由美

    コメンテーター:上野千鶴子(うえの ちづこ)

    日本における女性学・ジェンダー研究のパイオニア中のパイオニア、大学における日本初の女性学専攻を創立した水田宗子さん。その教えを受けた石島亜由美さんが、城西大学女性学専攻の制度的解体の危機を目の前にして、創設期をふりかえった、いわば私的研究史というべきもの。そのなかでも、女性学の発展にあたって、既存のディシプリンへの統合をめざした「統合型」と、分離をめざした「分離型」という上野の分類を用いて、日本では希有だった「分離型」女性学を経験した当事者としての、内部からの証言は貴重である。対象とする時代は1970年代後半の女性学草創期。そのため80年代以降の展開に触れられていないのがうらみだが、草創期に女性学をめぐっていかなる論点や対立があったかが、鮮明に立ち上がる。担い手の性別、運動と研究の関係など、女性学の初心に還る思いをさせられる。また、コンシャスネス・レイジングと切っても切り離せないフェミニスト・ペダゴジー(教育論)の原点に立ち返ることも思い起こさせる。水田女性学は著者の人生を変えた。実存と切り結ばないような女性学などなんの価値もない、と著者は誇りを持って宣言する。  それにしても、危機と解体の時期に回顧が登場するのは皮肉だが、女性学・ジェンダー研究の世代交代期にあたって、創業期を回顧し、批判的に位置づける研究史は、これから先も書かれるであろう。いずれわたし自身も歴史の一部になっていく女性学研究史の、重要な一角を占める論考。そして、女性学が「私から」発する学問としての性格を失わないかぎり、その研究史は、本論のように「私的」なものとなるだろう。  WAN女性学ジャーナルが採用するに、もっともふさわしい論文である。

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    2018/05/19

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    著者名:Keith Vincent

    コメンテーター:小林 富久子(こばやし ふくこ)

    米文学研究者として出発後、ジュディス・バトラー、ガヤトリ・スピヴァクなど、海外の先鋭的理論家の邦訳を手がける傍ら、自らもセクシュアリテイに関わるラディカルな問いを発し続けることで、日本のフェミニズム界を牽引していた竹村和子さん。そんな彼女が突然の病に没してから早くも七年が経つ。本稿は、早くから彼女と親交を結んでいた日本文学研究者でクィア理論家のキース・ヴィンセント氏がフェミニストとしての竹村さんの思考の軌跡を独自の立場から辿ろうとした極めて刺激的な論考である。 現在ボストン大学で教鞭をとるヴィンセント氏は竹村さんとは常々、自身は米国にいて日本文学を研究する一方で、彼女は米文学を日本で研究していることについて冗談を交わし合っていたという。その後、彼はこの話題が実は竹村さんにとって頭から離れないほど重いテーマとなっていたことを悟る。それを彼に知らしめたのが、遺作としての彼女の英米文学論集『文学力の挑戦』の最終章にあたる「ある学問のルネサンス?英(語圏)文学をいま日本で研究すること」なのであった。 本論の後半部でヴィンセント氏は、この章の綿密な読みを展開することで、果たして「英米文学を研究する日本人」であることが竹村さんにとって「何を意味」していたかを、まるで優れた推理作家のごとく鮮やかな手さばきで解明してゆく。仮に日本のかつての多くの英米文学者が自らの研究対象を熱心に研究することで、英・米というより卓越した帝国としての国家との一体感を果たさんとしていたとすれば、ちょうどその逆を行こうとしていたのが竹村さんで、それを助けたのが、国家をはじめとするホモソーシャルな集合体を批判する学としてのセクシュアリティ研究への竹村さんの傾斜であったというのだ。 本論文は、文学もまたそれぞれの国のナショナルな欲望の装置として作用しうるという重要な事実に目を開かせてくれるとともに、孤独に一つ一つの作品に向き合い、そこから漏れ来る諸々の得体のしれないものに遭遇しうることにこそ文学の喜びがあるということも伝えてくれる。何よりもまず本論は、二人の優れたフェミニスト学者が国境を超えて交わしえたかけがえのない友情を跡づける物語でもあることを強調しておきたい。

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