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『イギリスの性教育政策史 : 自由化の影と国家「介入」』広瀬裕子

2010.10.12 Tue

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本書は、2010年10月2日に日本教育行政学会賞を受賞しました。

教育行政学にとって今までマージナルだと思われていた、セクシュアリティ領域を扱った研究が学会賞を受賞したことを喜んでいます。

イギリスの性教育政策は、公権力の価値領域不介入原則に再考を迫るものでした。国家の政策をどう位置づけるかという問題です。国家権力は私的領域に関与すべきでないという近代的「原則」と、それに対する批判的視点をもった「The personal is political」 という問題提起をどのように整合させるかという理論課題に通底する問題がここにあります。そうした問いに対する答えとして、国家による私的領域のメンテナンスという、近代社会が原則として掲げた公私二元論に照らすと語義矛盾のような政策が性教育義務必修化として提案されることになります。

イギリスでは、1980年代から1990年代にかけてのサッチャー・メイジャーの時代に、性教育が中等学校で必修となりました。性教育のできない多くの親と十代の望まない妊娠が社会問題としてクローズアップされ、それらに対処するために、進歩的性教育を内実とした性教育の義務必修化が進められるのですが、性教育を法定化することの賛否の議論を伴いながらも、さまざまな政治勢力が翼賛していきました。自律的であると考えられていた私的領域が実は自力では自律的ではいられないという現実的問題への対処が中心的な課題です。ここで政策が採用したのが不安定化する私的領域を国家がメンテナンスという方法でした。

公私二元論で把握できないこうした政策が、しかし近代社会の特殊事例としてあるのではありません。内面の自由が宗教から離れる自由としても働くなど、自由化の進展と価値の多元化が私的領域の不安定化を生むからで、いいかえれば成熟した近代社会が不可避に直面する問題が背景にあるからです。

多彩な関係者によって数十年にわたって織りなされた性教育政策をめぐる確執と駆け引きの歴史、現前の問題に具体的に対処することを最優先にして社会の各部署が進むべき方向をリアリティーにおいて一致させていくプロセス、そういうダイナミックな動きをみることになります。(著者 広瀬裕子)








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