イメージ写真 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000625689.pdfから

コロナ禍関連の定額給付金について意義ある地裁判決

コロナ禍関連でいくつかの定額給付金が臨時に支給されてきましたが、その最初の2020年の一人当たり10万円給付について、重要と思われる地裁判決が昨年2021年の末に出されました。2022年1月に確定し、3月15日に関連記事が出ています。

  10万円給付、別居の妻子に権利 元夫に支払い命令…「泣き寝入り多いはず」|【西日本新聞me】(nishinippon.co.jp)
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/890925/

 同文がヤフーにも出ました。
「泣き寝入り多いはず」10万円給付巡り、別居の妻子に権利 珍しい司法判断(西日本新聞) - Yahoo!ニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/86411a2b3798288a3291b7b4a848c192cf866513

 以下に、一部を引用します。

   「新型コロナウイルス対策として2020年春に支給された1人当たり10万円の特別給付金を巡り、離婚を前提に別居中だった30代女性が自身と長男に支給された計20万円の返還を元夫に求めて提訴し、昨年12月に熊本地裁が請求通りの支払いを命じていたことが分かった。判決は同15日付で、今年1月に確定した。同種事案で司法判断が示されるのは珍しいという。 」
 「養育費もなく生活は苦しかった。ただ、裁判は労力が掛かり、泣き寝入りしている人も多いはず」。女性は給付金を巡る裁判を振り返る。当初相談した自治体では離婚協議中の場合に特別な対応はできないと告げられた。「離婚前だからこそ、先が見通せず支援が必要だったのに…」。


   この当事者の方は、当時の夫にすでに給付金が支給された後、当該自治体に対してではなく、別居中の夫に自分たちの分を請求し、それを拒否されたため夫側を裁判に訴えて勝訴しました。
 自治体が別居母子からの申請を認めようとしないとか、夫が給付金を独り占めにしてしまうというケース自体はすでに聞いていますが、このような裁判例、まして勝訴例は初めて知りました。記事にもあるように、珍しい、もしかしたら初の裁判例ではないでしょうか?

  なお上記記事には出ていませんが、夫側は「世帯の構成員に給付金を渡していない世帯主は数多く存在すると思われる」ことを認めたうえで、この給付金の受給権者は個人ではなく「世帯主」であり、世帯の構成員(この場合は、別居中の妻子)にそれに対する請求権が認められると、「各世帯の家庭内において紛争が生じ、国民全体の混乱を招くことになりかねない」というトンデモ主張をしていたようです。
 これに対し、地裁判決は、迅速な支給のために受給権者は世帯主とされているが、今回の様に実質的に家計が別の別居中の妻子は、自らを給付対象者とする各10万円を取得する権利があるとして、その請求に応じなかった夫側に該当金額の支払い等を命じました。
 注目されるのは、今回のケースは、これまでの運動の成果もあってある程度対応がなされるようになったDV避難のケースとは違う離婚前別居だったのですが、こうした場合においても裁判所が母子側の主張を全面的に認めたこと、しかもこの給付金の基準日であった2020年4月27日時点においてはまだ住民票を別にできていなかったにもかかわらず、実質的に夫と家計を別にしていたと認定したことです。
 その理由も、離婚が成立できていない状況で別居し、生まれたばかりの子どもを養育していた母が、「住民票を移すまでの決断ができなかったことはやむを得なかったものと考えられる」ということで、実情に即した判断がなされていると思います。
 この2020年の特別定額給付金の後に続いた昨年2021年前半の子育て世帯向け5万円給付においても、まだ記憶に新しい年末からの子育て世帯向け10万円給付や非課税世帯向け給付においても、DV避難と認められない限りは、基準日までに住民票を別にしているか否か、離婚手続き中であることの公的証明が十分か否かといった要件がカベになって、別居中の母子に給付金が渡らないケースが多々ありましたし、その救済策として実施されている今年2022年2月からの支援給付金でも、この問題は完全には払しょくされていません。
 こうした臨時的な給付金に限らず、児童手当制度等についても同様の問題があることは別の機会に書かせていただければと思いますが、今回の判決で受給権者(世帯主)とは別に、受給対象者(他の家族)の独自の権利を明確に認めていることは、私は法律の門外漢ですが、大きな意義があるように思います。これまでのコロナ禍関連の定額給付金においては、住民票上の世帯主ではない母や子が支給窓口である自治体に直接申請しようとしても例外的にしか認められず、別居している当事者同士でストレスフルな話し合いをするよう求められる、場合によっては弁護士に費用を払って世帯主(夫)側に請求する、そこまでする力がなくて母子側が諦めるしかなくなるといったケースが少なくなかったと思いますが、この判決が世帯主と別居している側の立場を補強してくれることを期待します。
 むろん、世帯主ではなく、個人に直接の受給権を与える給付をめざさなければならないのですが、迂遠なようでも、こうした成果の積み重ねがそこに近づく一里塚になっていくように思います。
 (なお、私自身は当該裁判に直接関与したわけではなく、事後の取材に協力させていただくなかで得た知見から、この一文を書かせていただきました。)
〇「3月18日 追記
 上記では「これまでの運動の成果もあってある程度対応がなされるようになったDV避難のケースとは違う離婚前別居」ということに着目していますが、経済的DVの可能性も含め、まったくDVの要素がなかったという趣旨ではありません。ただ、別居の理由がDVであってもそうでなくても、理由にかかわらず各個人に直接給付が届く仕組みづくりも必要という観点から、このように表現した次第です。」