共同通信から頼まれて、新入社員向けのスピーチを書きました。版元の許可を得て転載します。
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ご就職、おめでとうございます。
あなた方は新卒一括採用の選考をくぐり抜けて、この場に集まられました。ますます激戦区と化す新卒採用市場での就活に勝ちぬいて、第1志望か第2、第3志望かを問わず、無事に内定をゲットし、今日を迎えられたあなた方は、ほっとしておられることでしょう。今年度の内定率は94.0%、お友だちのなかには就活に失敗したひともいるかもしれません。またこの94%には、かけこみで派遣会社に登録したひとも含まれているかもしれません。そのなかで正規雇用を確保できたあなた方は、ラッキーと言うべきでしょう。
企業にとって人材は財産です。企業は採用に膨大なコストをかけています。あなた方のスペックの高さを見極めただけではなく、これから先の研修の過程で、あなた方を企業にとって有用な人材に育て上げていくつもりでいます。その人材に対する投資に、あなた方が応えてくれなければ、企業はハズレくじを引いたことになります。
学生時代と会社員とはまったく立場が違います。学生は大学にとって授業料を払ってくれるお客さまでした。企業にとってあなた方はお金を払って働いてもらう存在です。大学ではさぼりも遅刻も許されたかもしれませんが、会社ではそうはいきません。勤務時間内の研修も勉強も、そのあいだに給料が出ています。すべて仕事のためですから、成果を上げなければならない義務があります。あなたは会社にとって投資の対象である「人材」という名の部品のひとつになったのです。働いて会社に貢献する。企業活動を通じて社会に貢献する。そして自分の生活を自分で支える。それが社会人になるということです。
上野ゼミの学生が、「先生、内定ゲットしました!」と報告に来るたびに、わたしは彼らにこう言いました。
「おめでとう、よかったわね。でもあなたの会社、あなたの定年まで、あるかしら?」
意気揚々と内定を告げに来たかれらは、ぐっと詰まります。
なぜってこれからあなたたちが出ていく社会は、予測のつかない社会だからです。それには三つの理由があります。
第一に産業構造そのものが急速に変化しているので、成長産業と衰退産業とが入れ替わるからです。大学生の就活の人気ランキング1位にくる企業はだいたいその時代の基幹産業であることが多いものですが、現在トップにあるということは、これから衰退していくということを意味します。高度成長期には鉄鋼業や製造業などが花形でした。ですが今製造業の拠点は海外に移転しています。また半世紀前にはTVは創設期、海のものとも山のものともしれないメディアとして、成績のよい学生は新聞社に、その次のランクの学生が系列の電波メディアに入っていく傾向がありました。それがいつのまにか新聞とTVの地位は逆転し、TV局社員の方が給料がよくなりました。そのTVですら、今日衰退期を迎え、ネットにとってかわられています。半世紀前、いったい誰が今日のような情報革命を予想したでしょう。
第二に企業そのものが生ものだということです。あなたが入社して定年を迎えるまでおよそ40年。40年後にあなたの会社が残っている保証はありますか?
磐石の基盤を持っていると思われた日本長期信用銀行や山一証券が倒産する姿を、わたしたちは目の前に見てきました。驚くかもしれませんが、日本企業の平均寿命は23.9年、あなたの寿命はそれよりずっと長いのです。会社と心中する時代は終わりました。会社はあなたの一生を保証しませんし、場合によっては情け容赦もなくリストラで切り捨てていくこともあるでしょう。でもあなただって、会社を見捨ててもいいのです。企業と雇用者とはタテマエ上「対等な関係」にあります。就活だって「お見合い」です。会社があなたを選ぶなら、あなただって会社を選ぶ権利があります。この中には、セクハラ面接を受けた女性社員はいませんか?じっとのみこんでガマンして内定まで漕ぎ着けたかもしれないけれど…就活でセクハラがあったのなら、入社して後の社内のセクハラ体質は推して知るべし。腐ったりんごはひと噛みでわかる、といいます。結婚も就職も、ストレスがたまってメンタルをやられたり、過労死するまでにガマンする必要は少しもありません。ここには希望がない、と思えば、さっさと逃げだしましょう。
第三に、社会の変化を加速する第4次産業革命です。第1次産業革命は軽工業、第2次は重化学工業、第3次は情報技術革新、第4次がAI革命です。最近AIはどれだけ人間から仕事を奪うかという議論がかまびすしいですが、でも恐れるに及びません。AIが学習するデータはすべてありもののデータ。現在の知識の延長上にしか、未来を予測することができません。予測不可能な未来に立ち向かえるのはAIではなく、人間だけです。いったい誰がコロナ・パンデミックが来ると予想したでしょうか? いったい誰がトランプがアメリカ大統領に当選すると予想したでしょうか? またロシアのウクライナ侵攻を誰が予測したでしょうか? 人間も社会も不合理な存在です。AIが変数化できない要因が、つねにわたしたちには待ち受けています。
まるで結婚式のお祝いの席で、「離婚するときのことを考えておけ」とスピーチする来賓の祝辞みたいですね。いえ、冗談ではありません。いまは結婚も就社も一生ものではなくなりました。結婚したからこれで上がり、ではなく、結婚生活を続けていくためにも、日々当事者の努力が必要なのです。
こんなに変化の激しい時代には、企業も個人も変化しつづなければ生き延びることができません。わたしは企業の経営者に対しては、つねにこう言ってきました。現状維持をつづければジリ貧になるだけ、変わらなくちゃ現状維持さえできない、と。老舗と言われる企業は、時代と市場の変化に合わせて、微調整をくりかえしながら生き延びてきた会社です。変化を恐れていては企業に未来はありません。男女均等やダイバーシティはその変化の重要なひとつです。
個人も同じです。企業はいつか「人材」としてのあなたを、そのスキルごとスクラップにするかもしれません。そうならないためにはあなた自身がつねにバージョンアップしていく必要があります。最近よく言われているリカレント教育やリスキリングとはそのためにあります。ひとつのことに専門特化することがよいとはかぎりません。その専門自体が陳腐化するかもしれないからです。複数の分野に股をかけて生きる「ひとりダイバーシティ」が求められるでしょう。そのためには、「推し活」や道楽、カネにならない社会活動などが、思いがけない選択肢の多様性を生むものです。人生にムダはありません。
会社のためにあなたがいるのではありません。あなたのために会社はあります。国家もまた同じです。国家のためにあなたがいるのではありません、あなたのために国家はあります。どんな社会も最終的には、そこに生きる個人の幸福のためにあります。幸福な個人の集合がよい社会というものです。
人生百年時代。なかなか死ぬに死ねない時代になりました。生まれてからの20年余は、成長と教育の期間でした。これからの約40年間は、働く期間です。それからまだ40年近い時間があなたを待っています。そのあいだに時代は、社会は、どんなふうに変わっていくでしょうか? わくわくしませんか?
人生の最後に、生きてきて「あ〜、楽しかった」と言える人生を送ってください。安定した人生が楽しい人生とはかぎりません。たとえ失敗しても挑戦した方が、しないよりずっと楽しいかもしれません。お金や地位では測れない価値が人生にはあります。ましてやあの世には財産も名誉も持っていくことはできません。
20代のあなたに人生の終わりを想像しろって? そうですね、まわりの先輩や年長者、退職者、高齢者をじっと観察してください。自分も将来、そんなふうになりたいか、そうはなりたくないか。もし10年後、20年後、30年後にそうなりたいと思えるような上司がいない会社なら、さっさと辞めた方が賢明です。会社は人間がつくります。そこにいる人間が尊敬できなければ、会社もまた尊敬に値しないでしょう。
この変化の激しい時代を、あなた方がどうぞ生き延びてくださいますように。
ご健闘をお祈りします。
Kyodo Weekly No.14, 31-14,2023.4.3掲載(版元の許可を得て転載)
2023.04.09 Sun
カテゴリー:ブログ
タグ:仕事・雇用
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