2023年1月、元首相秘書官によるLGBT差別発言をきっかけに、政府や与党ではLGBT関連法の検討が進んでいます。しかし、法整備の議論が進むにつれ、SNSなどを中心に「男性が『心は女だ』と言っただけで女湯に入れるようになり、これを拒むことが差別になってしまう」といった事実と異なる言説が広まり、さらに、これを根拠にしたLGBT関連法への反対論や、トランスジェンダーを排斥するような発言が広がっています。
 現実には、LGBT関連法が成立しても、公衆浴場に関する現行の基準が変わるわけではありません。しかし、トランスジェンダーに関する偏見とともに、この公衆浴場利用をめぐる事実誤認が喧伝されることで、就労や就学、住居の確保等、さまざまな領域における差別をなくすための法整備自体の必要性が覆い隠されようとしています。

この件について2023年3月16日に記者会見を開きました。その時の私のスピーチ全文を(一部加筆修正)掲載させていただきます。是非ご一読ください。

  *****

皆さんこんにちは。杉山文野です。
今日はトランスジェンダー男性のいち当事者として、昨今のトランスジェンダー・ヘイトに関するお話しをさせていただきます。

まず私の個人的な体験からお話しさせてください。
物心ついた時から性自認は男性の私ですが、身体的には女性の特徴を持って生まれ、女の子として育てられ、女子高生として12年間セーラー服を着て学校に通っていた時がありました。

私も経験がありますが、多くの同級生が毎日のように通学路の電車の中で痴漢の被害にあっていました。しかし、学校の先生や他の大人たちの中には「スカートを短くしている本人が悪い」「ちゃんと抵抗できなかったあなた自身の責任だ」と被害にあった女性を責める姿があり、傷つく友人をたくさん見てきました。

一方で、20代半ばから男性に性別移行をはじめた私に対し、男性の先輩からは「男なら、相手に嫌がられても無理やり触るくらいしなければ」とまるでアドバイスかのように私に話をしてくる人が少なくありませんでした。

同級生の中には望まぬ妊娠を誰にも相談できず、心身共に傷つく友人がいた一方で、「また妊娠させちゃったよ。これで2回目。俺の命中率高いんだよね!」とまるで他人事のように話す男友達とそれを一緒になって笑う仲間たちを目の前にした時は言葉を失いました。

もちろん全ての男性がそうだと言うつもりはありません。
ただ、私という事実は何も変わらないのに、ジェンダーが変わっただけでこれだけ見える景色が変わるのかと……男性も女性も、両方のジェンダーを当事者として経験した私は、このギャップに愕然とし、今現在でも同じような話を見聞きする現状は耐え難いものがあります。

このような経験から、私個人としては、トランスジェンダーヘイトと言っても、そのほとんどがトランスジェンダー女性に対するヘイトであるということ自体が、この問題を象徴しているように感じています。もちろんトランスジェンダー男性に対するヘイトがないわけではありません。しかし、その数はトランスジェンダー女性に対する批判に比べれば、非常に少ないことは様々な調査データからも明らかです。

これはトランスジェンダーにまつわる問題ではなく、日本のジェンダーギャップの大きさ、つまり男女があまりにも不平等に扱われてきた日本社会の象徴であり、ジェンダーギャップが大きいからこそ引き起こしてしまっている問題なのではないでしょうか。

私にはトランスジェンダーというマイノリティ性はありますが、ジェンダーが男性というマジョリティ側になったことで、逆に暮らしやすくなったこともたくさんあります。

トランスジェンダー女性を守る法律ができると、シスジェンダー女性の安全なスペースが脅かされるのではないかと、不安に感じられる方が多いのは、トランスジェンダー女性の問題ではなく、またシスジェンダー女性の問題でもなく、いつまでたっても男女不平等なこの日本社会の構造に原因があります。

それはトランスジェンダー男性を守る法律ができたら、シスジェンダー男性の安全なスペースが脅かされるか否かという議論が話題にあがらないことに象徴されています。

トランスジェンダー女性はトランスジェンダーであり、女性であるというダブルマイノリティです。生きづらさと生きづらさが合わさったときには足し算ではなく、掛け算的に生きづらくなっていきます。その属性自体がまるで加害者かのように疑いの目をかけられているということ自体が、どれだけ暴力的なことであるか。身近にいるトランスジェンダー女性の友人の多くがこのような状況下で心身共に社会から攻撃に合い、被害を受け、傷ついている姿をこれ以上看過することはできません。

しかし、看過できないとは言え、これは必ずしもLGBTQを差別から守る法律ができることに反対の声をあげている全ての方々を批判するものではありません。反対の声をあげる人の多くはヘイトということではなく、本当に不安を感じているからこその切実な声であり、この男女不平等な構造によって同じく傷つけられてきた方々なのではないでしょうか。

本来であればこの差別的な構造に共に声をあげることができるはずのシスジェンダー女性とトランスジェンダー女性を、その不安につけ込み、さらに不安を煽るような悪質なデマで対立させ、どちらも改善に向けて進まなくさせようとしている気がしてなりません。

是非、SNSのデマに踊らされず、トランスジェンダーのリアルな現状(参考:https://trans101.jp/ )を知っていただき、正確な情報を元に冷静なご判断をしていただきたいと思います。

最後に、トランスジェンダーのいち当事者として、トランスジェンダーが安全に暮らせる社会を心から願う私ですが、決してトランスジェンダーだけが暮らしやすい社会を望んでいるわけではありません。
トランスジェンダーもシスジェンダーも、その他全ての人が安全に暮らせる日本社会の実現を切に願っています。

*会見の記事はこちらをご参照ください。

・弁護士ドットコムニュース
https://www.bengo4.com/c_23/n_15769/

・共同通信
https://nordot.app/1009027123218169856

・朝日新聞DIGITAL
https://www.asahi.com/articles/ASR3J5D7NR3JUTIL00G.html

・毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20230316/k00/00m/040/209000c

・日テレニュース
https://news.ntv.co.jp/category/society/6c892c2e55bd4d98804a6f222f9dc396

・時事ドットコムニュース
https://www.jiji.com/jc/article?k=2023031601143&g=soc

・NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230316/k10014010711000.html