
イラスト 田中聡美
今年でわたしは後期高齢者になる。人生も後から数える方が早くなり、周囲では同世代の訃報が聞かれるようになった。心身ともに自由がきくのはあと10年ばかりだろうか。
ひとよりたくさん働いた。そのおかげか、ひとよりたくさん収入があった。お金のために働いたのではないが、宝飾品にもブランド品にも興味がない簡素な暮らしをしているから、お金が残った。家族はいない、遺産を残す子どももいない。きょうだいはいるが、幸いにして安定した暮らしをしている。親族の金をあてにするようなひとたちではない。遺書は早くから書いた。書いては何度も書き直した。銀行に個人信託を勧められた。「個人は死にますが、法人は死にません」という殺し文句にぐっときた。
死んでからお金を使うより、生きているあいだに使いなさいな、という友人のひと言に心が動いた。あれこれ考えた結果、財団法人を設立することにした。名称は上野千鶴子基金。自分の名前を冠するのはおこがましくもあったが、ヨコ文字やカタカナよりは、わかりやすい。あなたの名前はもうブランドなんだから、名前を冠したら何のための基金なのか、説明しなくても通じる、使わない手はない、と、こちらも友人のアドバイスが効いた。
フェミニストの英文学者だった畏友、竹村和子さんの11周忌である。彼女の遺したお金で竹村和子フェミニズム基金が発足。10年で原資を使い切って今年財団を解散する。それまでに助成してきた事業は計76件。若手の陽の当たらないジェンダー・セクシュアリティ関連の研究や出版に助成をしてきた。理事を引きうけてくださった方たちのためにも、使い切りで期間限定がよい。継続性など考えない。
功なり名遂げたひとへの顕彰事業はやらない。これから育つ無名の人材や、未知数の新しい研究テーマ、伸びていく事業へ助成したい。公平、公正、中立など、考えない。わたしが応援したいひと、応援したいテーマを選びたい。学歴、年齢、国籍、性別にこだわらない。思えばわたし自身が、どれほどのスカラシップや研究助成を受けてきたことだろうか。あの時のあれがなかったら、今のわたしはなかった、と思える機会を何度ももらった。
「恩送り」ということばがある。自分が受けた恩を、必要とする他のだれかに送ることを言う。わたしには子どもがいないが、大学教師だったわたしのもとから多くの若者たちが巣立っていった。そのひとりがわたしに言った。「先生のご恩は忘れません、その恩は学生に返します」
事業の初年度は今年6月Ⅰ日から開始する。募集はわたしが関係する認定NPO法人ウィメンズアクションネットワークに告知する。関心のあるひとはチェックしてほしい。
告知についてはこちら
「朝日新聞」6月7日付け北陸版「北陸六味」掲載
朝日新聞社に無断で転載することを禁じる(承諾番号18-5999)
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