
イラスト・田中聡美
中国で上野ブームだという。すでにわたしの著書の7冊が翻訳され、どれもベストセラーになった。とりわけ昨年9月に翻訳が刊行された鈴木涼美さんとの往復書簡『限界から始まる』は若い女性の共感を得て、中国最大の書評サイトでブック・オブ・ザ・イヤーに選ばれた。
中国メディアや海外メディアから「なぜ今、中国で上野ブームが?」と何度もインタビューを受けたが、そんな問いに著者は答えられない。読者に聞いてくれ、というほかない。ベストセラーは、意図して当たるものではない。著者や編集者の想定を超える動きがあって、ひとつの社会現象をつくりだす。あまりに何度も同じ質問を受けたので、答えが見えてきた。社会学者としても、第三者的に「中国の上野ブーム」を論じてみたくなった。以下はその3つの理由である。
第一に改革開放後の中国で市場化が進み、中国の若い女性の経験が、ネオリベラリズムのもとの資本主義社会に生きる日本女性の経験と似通ってきたことである。激しい競争に勝ちぬけば男並みの成功も約束されているが、他方で妻であり母であることへの期待の重圧もある。
かつての中国には「失業」ということばはなかったが、現在若年失業率は2割を越えるという。なかでも効率を重視する企業の採用性差別は強まっている。女性の選択肢は増え、なんにでもなれそうだが、現実の壁は厚い。
第二は「ひとりっ子政策」の結果である少子化のもとで育った娘たちだということだ。両親から息子並みに期待され、高等教育を受け、時には男の子と競争して優位に立ち、のびのび育った娘たちが、社会に出て理不尽な性差別に直面する。「なんでこんなバカげた差別をわたしがガマンしなければならないの?」と思うのは当然だろう。少子化世代の娘たちのメンタリティは、日中韓東アジア諸国ではどこでも共通している。
今や韓国でフェミニズム・リブート(再起動)を牽引している「1980〜1980年代生まれの女性」たちは、少子化世代で「家庭内では息子以上に可愛がられ、学校でも息子たちより抜きん出た世代だ。何にでもなれ、どんなことでもできるから、自由に夢見ろと教えられた」と『私は男でフェミニストです』の著者、チェ・スンボムは書く。今東アジア諸国で起きているフェミニズム・リブートの担い手たちはこういう若い女性たちである。
教育投資を受けたキャリアウーマンの育児は「祖母力」が担ってくれても、その代わり実母や義母との関係もまた重くのしかかってくる。
第三は、いささか皮肉だが、日本の女性の経験はしょせん外国の話、として聞いていられる距離感だろう。外国と言っても、同じアジア圏の隣国、欧米よりは近くて共通点が多い。#MeToo運動にみられるようにフェミニズムにはグローバルな動きがあるし、欧米圏のフェミニズム本もたくさん翻訳されている。英語圏で教育を受けた中国エリートも多い。だが欧米のようにあまりに遠くて異質な社会ではなく、日本の女性の経験には共感しやすい。中国6千年の家父長制は、革命後の半世紀ほどで無くなったりはしない。だが日本のフェミニストが批判しているのは日本の政治や日本の家父長制であって、中国政府ではない。
中国のフェミニストたちは集会もアクションも難しい状況に置かれているという。フェミニズムに国境はない。わたしの著作はそういう彼女たちの経験に言語を与えたのだろうか。
それならうれしい。
「朝日新聞」10月10日付け北陸版「北陸六味」から改訂。
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