8月9日水曜日。日本列島の南の海で7月末に発生した台風6号は、九州の西の海上を北へとすすんでいた。鹿児島県で記録的な大雨となったほか、熊本県や宮崎県では線状降水帯が発生して土砂災害や洪水などへの警戒がつづき、影響は各地におよんだ。山口県上関町では定期船「いわい」が終日欠航した。本州に位置する柳井港(やないみなと)、その西を占める熊毛半島の先端にある上関町室津、そこから橋がかかった長島の上関町上関(かみのせき)などを経て、町内の離島のひとつ祝島(いわいしま)へと走るため、特に島民にとっては大事な暮らしの足だ。
 10日にかけて九州の北部では海上に猛烈な風が吹くところがあるとの予報である。九州と本州と四国のあいだの海上に浮かぶ祝島は、天気については九州は大分の予報が参考になるという。どのような様子だろうか。「風の島」とも呼ばれる周囲12kmほどのこじんまりした島は、台風で甚大な害をこうむることもある。だからいつも先手をとって備え、風が落ちつくまで通りに人影はない。

 8月10日木曜日。漁師で大工の橋本久男さんは祝島の浜にちかい自宅にいた。台風の影響は「昨日はどうもなかった」が「今日は風が吹いちょる」。予定どおり欠航した第1便につづき、第2便も「いわい」は欠航となったそうだ。じっと家にいるという久男さんに、核のゴミの中間貯蔵施設を町内につくるという中国電力(中電)の提案にかんして話を聞いた。

「当初の話では今日(8月10日)、その件で(町議会の)議会運営委員会をひらいて臨時議会の日にちを決め、それから盆明けに臨時議会をひらくということだった。それが、14日に中電から議員への説明会を朝からやって、つづいて午後には町議会の議会運営委員会をやって、そこで臨時議会の日にちを決めることになったんと」
久男さんはそう言うと、次のようにつぶやいた。

「焦っちょる感じやね。おかしいのぅ。14日の朝に中電から説明があって、午後にすぐ議会運営委員会をやる、というのも早い。いつから工事をやるか、もう決まっちょるんじゃない?」
この日、「いわい」は第3便も欠航となった。2日つづけて全便欠航である。ふと、荒波に耐える磯のサザエ貝を思いおこした。島全体がサザエのようだ。同じサザエでも、珠洲のものにはゴツゴツした突起が多い。祝島のものにはそれがなく、まるみを帯びている。荒波と潮汐がはぐくむ形状の違いかもしれない。それでいて、海に鍛えぬかれた貝肉の歯ごたえや旨みは、いずれも極上なのだった。


(ある台風の日に祝島からのぞむ海。風が少しおさまったのを見計らい、島民の案内で安全を確保しつつ僅かな間に撮影)
 
 8月14日月曜日。午前9時から上関町役場内で、上関町議会の議員が、新設計画である上関原発の用地内に核のゴミの中間貯蔵施設をつくる計画について、事業者・中電から説明を聞くことになっていた。
 ただし全10議員のうち秋山鈴明・清水康博・山戸孝の3議員は、欠席の連絡をあらかじめ入れたという。「当初は説明をうける方向で考えていた。だが、このタイミングで説明を受けるのはどうなのか、『説明をした』という既成事実化に利用されるだけではないか、という懸念から3人で話しあった」結果だと清水さんは話す。
 その日は朝から役場前にたくさんの人の姿があった。中電がくると知って駆けつけた上関町内や周辺地域に暮らす人びとである。そのひとり、祝島の自治会長もつとめる恵比須茂樹さんは、登庁してきた西哲夫町長から言葉を放たれた。
「何しよるん」
 問いかけではない。「文句をつけたんよ。自治会は町に陳情やろも行くじゃ? そういう関係性なのに、脅すように(町長は)そう言うたんよ」「パワハラよね」「町長の立場でそれをやっちゃあ、いけん」「(町長選の得票率が)7割だったことで、自分は天下をとったと思っちょるのかもしれん。おまえら文句を言うな、黙っとけ、という感じや」。居あわせた人は口々にそう言って憤った。

 まもなく白シャツに背広姿の男性が数人あらわれた。中電の社員のようだ。すぐさま彼らのまわりに人が集まり、懸命に訴えはじめる。その様をスマホで中継する人もいる。わたしをふくむ多くの人が各地からそれを注視した。
「中電さん、順番が違う。やり方が違う。原発のことはいつもそうじゃ」
「核のゴミを持ってきたらいけん。日本中を汚すようなことをして」
 あちこちから投げられる言葉を受けながら、背広を着た男性たちが神妙に頭を下げてみせる。とはいえ、「帰ろう、一緒に帰ろう」と、お引きとりを願う女性の声が飛んできても、きびすを返すことはしない。白いマスク越しにモゾモゾと、彼らは何やら言うのみだ。
「核燃サイクルは破綻しとる。‘中間’貯蔵どころか‘永久’になってしまうわ」
「本社の地下へ(中間貯蔵施設を)つくったらどうですか」
 詰めかけた人は切々と訴えつづける。
「上関町民に説明しましたか? 聞いてませんよ」
「上関の町長も町議も、このゴミの問題では選挙の洗礼を受けとらんのじゃ」
「そうよ。(彼らに町民を代表する)資格はない」
 前山口県議の戸倉多香子さんが、「山口県民全体へ説明する必要があります、上関町だけの問題じゃありません」と指摘しつつ「県民全体へ説明する計画を示してください」と強い口調で求めた。
「どうして福井県が断ったものを山口県が受け入れなきゃいけないんですか」
「(上関町議への)説明は要りません。帰ってください。県民全体に説明してください」。次つぎ寄せる波のように人びとの声はやまない。

「今日は盆ぞ!」警笛を鳴らすように祝島の漁師・竹林民子さんがそう言った。
「何十年いじめるんかね? わたしらの青春をもどせ!」
マスク越しにも響きわたる声である。旧祝島漁協で理事もつとめた夫の磨之助(まのすけ)さんが亡くなって自身が漁協の正組合員になってからだけでも早20余年は経つ。
女性でたった一人の正組合員として、上関原発にかかわる漁協の会合には、いつも祝島の女性のおもいを背負うようにして出席している。難儀することはわかっているので、後期高齢者となった近年はすこし横になって体調を整えてから、「イヤじゃのぅ」とボヤキながらも「よっこらせ」と掛け声で気合を入れて出かけていくこともあった。
 民子さんを見下ろすほどの身長の背広姿は、やはりマスク越しにモゴモゴとなにやら言っては頭をさげる。その目の前で民子さんが声を張りあげた。「おーい、中電の車をここへ持ってこい」 その言葉に呼応して、「帰ろう、帰ろう」と彼らに帰還をうながすコールが起きる。それでも背広はひるがえらない。ふたたび民子さんが咆えるように訴えた。
「わたしらの青春をもどせッ。40年以上も、まだいじめるんか? 核のゴミを、なんで、ここへ持ってこなならんのか」
「バカにして…」という声が、即座にあたりから漏れた。「わたしらのことを何だと思うちょるん? 虫ケラぐらいに思うちょるんじゃろ」「帰ってください!」あちらからもこちらからも訴えは止まらない。
「この盆になんで、こがいなことを、せなぁならん?」民子さんが重ねて問う。「そうよ」と太鼓を打つように応じる声。つづいて「帰りましょう、帰りましょう」と願掛けするかのような声が、さざ波のようにひろがっていく。
「議会だけじゃなくて、住民のまえで堂々と、説明したらどうなんですか? 県民全体に説明してください」
 戸倉さんは、あらためて強くそう要望した。背広姿はモゴモゴをくりかえす。それに対して女性からも男性からも矢のように言葉が飛んだ。
「この時点で、すでに‘丁寧’じゃないんです」
「あなた‘ご理解ご理解’って言うけど、こっちの‘ご理解’はしてる?」
「こっちの話を‘理解’してください」
「わしら、議員に決めてくれなんて、一言も言ってないんだよ、この件に関して。それで議員に対してどう説明するの。それで済んだと思ったら大間違いだ」
中電はすすむも成らず、もどるも成らない。説明会は中止となった。議長が決定したという。

中電が引きあげると役場前の混乱はおさまった。午後は上関町議会の議会運営委員会が非公開でひらかれた。終会後すぐ、4日後の8月18日に臨時議会を開催することが決まったと報道された。
 18日から議会での話しあいをはじめ、町内へと徐々に展開して、議論を深めていくことになるのだろうか。町内にかぎらず周辺地域でも、やはり関心は高まっているようだった。
 折しもその日、上関原発の予定地周辺に位置する2市4町(上関町・周防大島町・田布施町・光市・平生町・柳井市)の首長に対して、上関町に中間貯蔵施設をつくる計画へ反対するよう申し入れる活動を、「上関原発建設計画に反対する2市4町議会議員連盟」が開始していた。14日は柳井市役所と平生町役場を訪れたという。以降15日、17日、21日に上関町・田布施町・周防大島町の首長へ申し入れる予定だと伝えられた。
 しかし、事態が尋常でない速さですすもうとしていることは、すぐに明白となった。14日の日没までに《西町長は18日中にも、中間貯蔵施設の立地可能性調査を受け入れることを中電へ伝える意向》と報じられたのだ。(つづく)

注1) このレポートの予告動画3本の動画のうち1本目を現在も公開中です:
8月18日、上関町役場前で その1 (午前8時すぎ、町内外の住民が平穏に町長へお願いしている時間帯の様子です)。

*この企画は一般財団法人上野千鶴子基金の助成を受けて実施しています。