介護ヘルパー裁判傍聴記   2024年2月2日 ◆ケア社会をつくる会 鳩たけこ

まさか!当たった!倍率4倍超えの傍聴券が当たったのだからうれしい。
東京高等裁判所の中に入るのも判決傍聴するのもはじめてだ。

傍聴券を求めて並んだ列には、SNSで拝見したことがある議員さんやライターさんなどの姿もあったので、傍聴は私でいいのか?と少し気が引けた。
でも私は、藤原るかさん、佐藤昌子さん、伊藤みどりさんの「藤」の字つながりの原告3人が「このたび国を裁判で訴えることにしました」と公言なさった場にいたのだ。 あれは4年前、コロナが流行る直前だった。
衆議院会館での「介護保険の後退を絶対に許さない!」集会で、その直前まで藤原るかさんは自作脚本の寸劇で、悪天候下のヘルパーさんの自転車移動の大変さを熱演していた。佐藤昌子さんは骨折したてで腕をつった姿。その2人に伊藤みどりさんを加えた3人はまるで、キャンディーズが私たち解散します!と宣言したように、私たち国を訴えます!私たちが原告です!とにこやかに宣言したのだった。えっ!本気?とビビったことを思い出す。

そう3人はマジだった。おだやかだけど、本気で怒っていた。誇りあるプロヘルパーの仕事が、これほどまでに軽視され、切り捨てられることは許されないと、本気で怒っていた。
3人のプロ根性が成してきた労働がなぜこれほどまでにさげすまれなければならないのか。女性だったら他人の家の家事くらい誰だってできるだろう、とプロ介護ヘルパーの労働価値を低く見積もりおとしめる奴らに、それならお前がやってみろ!と言ってやりたいと、私も怒りが沸いてきた。3人がおだやかに語る姿に私は、絶望の泥沼の中で美しく凛と咲く蓮の花のような清らかさをみたのだった。

高裁に入る際の、バックや荷物のX線検査は空港のそれよりも念入りで、列を作ってしばらく待つ。開廷に間に合うのか? 急いでエレベーターに飛び乗る。人の気配がない廊下を進むと、脇に折れた廊下の一角に人だかりがあった。法廷は思ったよりも狭い。傍聴席は連結4人掛けが通路を挟んで横に3つ並んでいる。縦には4か5列。傍聴できるのは42人のようだ。報道者席が配分されているのかな。若者の傍聴者もいる。左の傍聴席最前列には背広姿の男性たちが陣取っているけど誰だろう? 空席に荷物を置くと、あれもう原告の3人は柵の内側の原告席にいる。伊藤さんは後ろの椅子に構えている。低めでおだやかな、るかさんの声が聞こえる。緊張していないわけはないだろうけれど、そう見せないようにしているのかもしれない。向かって右側の被告人席は空席。なんで?

小柄な裁判長の両脇に、大柄で若めに見える裁判官と中肉中背の裁判官。
コスプレみたいな大袈裟な法衣は着ていないのだな。裁判長の胸元に見えるのはシンプルな金のネックレスかな、それとも法衣の縁取りなのかな、でも男性の胸元にはないな、などと観察する余裕もあった。
起立・礼の声かけで立ちあがろうにも、窮屈な座席で膝の上のコートとバックが邪魔をして動きが取りにくい。

今日はマイクが故障しているのでマイクは使わない、と裁判長が言った。
傍聴人が耳に神経を集中させるのがわかる。パソコンのキーを打つ音が後ろから聞こえる。

え!もう判決読み上げるの?
今、棄却って言った? 
なんでよ、そんなに簡単に言い切らないでよ。
私は正面にいる裁判長をじっと眺める。まだ何かを読み上げるようだ。メモとボールペンをガサガサさせる音が傍聴席から聞こえる。
裁判長は読み上げる間、こちらを見ない。ひたすら読み上げている。
早い。メモを取る手が追いつかない。なんて言った? どういう意味? 早いよ、読みあげるのが。
耳に残った言葉を必死にメモにとる。普段使わない用語に理解が追いつかない。

後ろの座席から、なんなのよ、えー、というつぶやきが聞こえる。
うん、納得いかないよね。
でも裁判長のナマ声を聞き逃すわけにいかないので、皆が音を立てないように集中している。誰も鼻をすすらないし咳もしない。

何分くらい読み上げていたのだろう、10分くらい経ったのかな。
なんで棄却なんだよ、、、、。
その割に原告がそれほどガッカリしていないように見えるのはなんで?
傍聴最前席に座っていた背広の人たちが、バッとかけだして外に出ていった。あとの人は重苦しくノソノソと立ち上がる。原告の皆さんも傍聴席を隔てる木の柵を開けて傍聴席にでてくる。ざわめきとともに皆で廊下に出てエレベーターに乗る。
私は判決にがっかりしているのだけれど、そこまで重苦しい雰囲気でもないのはなぜ?

その理由は、裁判所の門での紙だしの時弁護士さんの話でわかった。
普通の裁判では、主文で「控訴棄却」と言い渡されたら、それですぐに閉廷、という流れがほとんどらしい。
今回、主文判決のあとで、裁判長が判決要旨を長々と読み上げていたが、それは珍しいことなのだそう。控訴棄却、だけれどもこれこれこういう事実があるよね、と裁判長が読み上げをすることは、裁判業界では一定の意味と価値を持つものらしい。
私がとったメモには「・・・長年の政策課題だが、国家賠償に結びつけられない」とか「キセイケンゲンフコウシ」「認知されていない」「判断できない」「あきらかに不本意とはいえない」「著しく合理性に欠くとはいえない」といった言葉がミミズ文字で残されている。

裁判所を離れ、議員会館の一室を借りての裁判報告会。
るかさんは裁判を起こすまでの経緯を話した。淡々と暗くならないように前向きな語りであるから余計に、なぜこのような労働処遇を国はゆるしているのだ!と無性に腹が立つ。佐藤昌子さんは地方での現状を話してくださった。地方ではヘルパーは一軒一軒を回る移動距離が長くガソリン代と移動時間がかかること、地域等級というランクづけがあり、地方によっては東京に比べて報酬が1割も低いこと、吸痰などの利用者の命を預かる責任ある行為は、大手の事業所はやりたがらないので、結果小規模業者に押し付ける構造であること。小規模事業所は利用者さんのニーズに細やかに対応していること、ヘルパーの仕事は人の生活と命を支える誇り高き仕事であることをお話してくださった。伊藤さんはヘルパー自体の成り手が少なく有効求人倍率は15倍を超えていることや、ヘルパー不足で辞めるにやめられず老いたヘルパー自身が怪我や骨折をしながらもなんとか利用者さんを支えているギリギリの崖っぷちで訪問看護が回っている現状を話してくださった。伊藤さん自身もヘルパーの仕事中に自身が骨折し労災認定のケガを2回経験している。 それでも代わって働いてくれるヘルパーがそもそも不足しているから、伊藤さんは利用者さんの生活が心配で、入院中も気が休まらず、逃げ出す勢いで退院した話を聞いている。
大石あきこ議員も駆けつけた。大石さんは議員になる前から保育と介護職員の給与を倍増させることを目標とする活動を伊藤さんたちと共にしていたそうだ。
途中で、弁護士事務所に裁判所から電話があったと報告があった。山本弁護士によると、被告の国側が「判決要旨」を裁判所に請求したので、普通は記者団にしか公開されることのない「判決要旨」を、原告側にも公開するという。これは異例なことなのだそうだ。控訴棄却ではあったが、国側は裁判長が指摘した法の遵守が徹底されていない現状について真摯に取り組まざるを得ないので、手元に「判決要旨」を持っておきたいということなのだろう。

帰宅後、納得がいかなかったことを書き出してみた。
なぜ国は、介護の基本報酬を上げずに、加算というツギハギで報酬を操作しようとしているのか?  なぜ細かく複雑な指標で分かりづらい処遇対象加算請求を事業者にやらせるのだ?  なぜシンプルに基本報酬をあげないのだ? 最低限の事務員数で回している小さい事業者にとっては、複雑な事務業務は、大きな負担以外の何物でもない。それとも国は、介護事業所というところには、事務や会計処理のエキスパートが山ほど勤務しているとでも思っているのか? 
なぜ国は、訪問介護の報酬を下げたのか? なぜ国は、訪問介護のデータとサービス付き高齢者住宅を分けずに両方を訪問介護だとして収益を混ぜ込んでしまったのだろう? そんなことをしたら統計上のごまかしだと取られかねないのに、なぜ分けないデータを公表したのだろう? ヘルパーさんたち当事者で全国連絡会をつくり情報を共有することが必要では?
なぜ国や制度設計者は、世界に誇る日本の介護保険制度制度を、利用者のニーズに合うシンプルで誰にでも分かりやすいすこやかな制度設計で維持しようと努力しないのだろう。 なぜ現場の声が無視されているのだろう。

介護保険の崇高な理念は、無惨に引きちぎられ、ツギハギと穴埋めが繰り返され、もはや瀕死の崖っぷち状態だ。
人の命は、監視カメラとセンサーを使いデジタル化すれば効率よく支えられるものではない。制度設計者はどうしてそのことがわからないのだろう。人の命を粗末に扱うな!と言いたい。
機械にオシメを変えてもらう自分の姿、うんちで汚れたお尻を腰洗い水槽に浸けられロボットに振り洗いされている自分の姿、ベルトコンベアーで食事をし、ロボットに風呂に入れてもらう年老いた自分の姿を想像してみると良い。水槽から落ちたら年老いた自分は緊急ボタンを押せるのか?そんな力と判断力は年老いた自分に残っているのか?近い将来自分が受ける介護は、効率第一優先で良いのか? 
早く風呂に入って、早くご飯を食べて。早く早く!安く安く! そのような効率とタイパ(タイムパフォーマンス)優先の介護を、制度設計者は受けたいのだろうか。

無惨で傷だらけの姿になった介護保険制度を、利用者が望む形にとり戻したい。ユーザー、そして介護現場で働く人が、共にハッピーで納得いく健やかな形の制度に変えたい。
制度設計者である国や厚労省に向けて声をあげ注文を出し、介護保険を私たち利用者と現場のニーズにあったものにするためにこれからも制度設計にダメ出しをし、私たちの手から離さず、望む形の介護保険に育て上げていかなければならない、と覚悟した。

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