
※作品の内容に関する記述があります
あらすじ↓
ハンナ(ジュリア・ガーナー)とリブ(ジェシカ・ヘンウィック)の親友2人。
旅行で訪れたオーストラリアでお金に困り、 荒れ果てた田舎にある古いパブ「ロイヤルホテル」に滞在し、 バーテンダーとしてワーキング・ホリデーをすることに。
単なる接客バイトかと思いきや、彼女たちを待ち受けていたのは、 飲んだくれの店長や荒々しい客たちが起こす パワハラやセクハラ、女性差別の連続だった。
楽観的なリブは次第に店に溶け込んでいくが、 真面目なハンナは孤立し精神的に追い込まれ、 2人の友情は徐々に崩壊していく……。
(映画『ロイヤルホテル』公式HPより)
昨年日本でも公開された『アシスタント』の監督キティ・グリーンと主演のジュリア・ガーナーが再びタッグを組んだ長編2作目。
『ロイヤルホテル』を見終わったあと、近くの飲み屋街にあるタイ料理屋に寄ってご飯を食べていた。夜も遅い時間だった。
店についているテレビではバスケの試合の中継が流れていて、私の近くにいたグループが歓声を上げてその画面を見ていた。
するとそのうちの1人の男性が、女性店員にしきりに「コップンカーコップンカーコップンカー」「ねえ、コップンカー」と声を掛ける。
その店員さんは数回、聞こえていないかのように素通りする。しかし繰り返される「コップンカー」についにくるっと振り返り、眉を下げ困ったような笑顔で「コップンカー」と返す。声を掛け続けていた客は満足そうに笑い声を上げ、仲間達の会話に戻って行った。
よくある光景かもしれない。
なんてことない、と感じる人も多いかもしれない。
しかし私には、その店員さんが「無視」という態度で表そうとしたすこしの抵抗と、その態度によって生まれた男性客との間の一瞬の緊張感、そして結局要望に応えるしかなく作った笑顔に滲む疲労感が、嫌という程まざまざと伝わってきたのだった。
そしてそれはまさに『ロイヤルホテル』で描かれていた恐怖そのものであった。
主人公ハンナとリブは、ワーキング・ホリデー先の田舎のパブで連日店主や客からハラスメントを受け続ける。
その一つひとつを見たら「なんてことない」ただの下品な冗談だと言う人もいるだろう。実際に、楽観的な性格のリブは、開き直ってこの場に適応し楽しんでみようとする。しかしリブに比べ大人しめのハンナは、すぐに耐えられなくなる。
なんてことないはずはない。自分が人間として扱われず、女という容れ物だけを見られてからかわれ続ける環境はすぐに人の心を壊してしまう。
賑やかで、楽観的で、大胆なリブと、大人しく、心配性で、慎重(「不機嫌なメス犬」という最悪なあだ名まで付けられていた)なハンナ。
それ以外に重要なこの2人の違いは、「愛想良く笑うか、笑わないか」だ。それはこう言い換えることもできる。
「彼らが喜ぶ女性性を演じられるかどうか」
ハンナを最も脅かしたのはドリーという男だった。
ハンナは、ドリーの危険性を必死に伝えようとするが、リブは真剣に取り合わない。それは2人が見ている景色が少し違うからだ。
ドリーの暴力性が発動されるのは、ハンナが笑わないとき、自分が要請する女性性をハンナが演じないときだ。愛想良く笑って付き合えるリブに対しては発動されないために、ドリーの暴力性はリブには見えにくくなっている。
この映画は、女性が男性社会から求められる女性性をきちんと演じてさえいれば発動されることのない、見えにくいが、確実にこの世に溢れている暴力を告発する作品でもある。
この地域には他に遊べる場所がないため、パブには毎晩客が押し寄せる。ドリーだけでなく様々な男性がやってくる。ハンナにちょっかいを出すマティ、リブに好意を寄せるティース、旅の途中で仲良くなったトルステン。
彼らは決して、常に加害性をひけらかすような一面的な描かれ方はされていない。ときにチャーミングだったりときに優しかったり、ときに楽しい会話で彼女たちと笑いあったり、惹かれあったりもするのだ。
だからこそハンナは迷ってしまう。どれもこれも自分の思い過ごしかもしれない、危険じゃないのかもしれない。揺らぎつづけるハンナに追随するように、観客も最後まで引っ張られ揺らされ続ける。
物語終盤、店主のビリーが店で大怪我を負ってしまう。ビリーのパートナーで、唯一の良心のような存在であったキッチン担当の中年女性キャロルが、彼を車で病院まで連れていくと言う。そしてもうここには戻ってこないと仄めかす。
店を支えてきた彼女ももはや、我慢の限界を超えていたのだろう。
店に残されたハンナとリブの最後の夜。店主不在のパブはカオスを極める。羽目を外す客たち、泥酔し危険に身を投じるリブ。場をどうにか抑えようと必死になりながらリブを助けるため男たちに激怒するハンナ。明け方にかけてこれ以上ないほど一気に緊張感が高まる。
ぼろぼろになり血を流すハンナの顔を見てリブはようやく目が覚める。我慢と怒りがついに頂点に至った朝、2人はパブに火をつけ燃え盛るロイヤルホテルを背にその場を去る。
『アシスタント』では英雄的なエンディングを避け、徹底して現実を捉えていたのとは対照的ともいえる豪快なラスト。
旅する女2人のフェミニズム作品というと、リドリー・スコット監督の『テルマ&ルイーズ』を思い浮かべる人もいるかもしれない。しかし私は、あの映画の爽やかな解放に見せかけたラストがやっぱりどうしてもやるせない。あの2人が自由になるにはあれしかなかったんだね、と思いたくない。あの映画から時を超え、『ロイヤルホテル』という新たなフェミニズム作品が生まれた今、テルマとルイーズのラストも乗り越え、ハンナとリブが自ら手を下したラストこそ、本当の意味で爽やかに感じるものだった。
こちらの作品、現在公開中なのでぜひ!
松村ひらりプロフィール
↓
俳優、フェミニスト。青山学院大学文学部比較芸術学科卒業。卒業論文は『映画は「女性をめぐる偏見」の強化もしくは緩和にどれほど影響を与えてきたのか?-映画の影響力を数値化する試み-』。
現在、映画『アディクトを待ちながら』が公開中。2023年、坂手洋二演出劇団燐光群の舞台『九月、東京の路上で』のほか、瑠東東一郎演出のドラマ『うちの弁護士は手がかかる(フジテレビ)』に片山菜々子役で出演。2024年は、劇団「趣向」の舞台『べつのほしにいくまえに』でジュリエット役を演じ、ニューヨーク大学の荻野緋菜監督作品『SALT IN SOIL』では主演を演じた。
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