宮本百合子を中心に

 今なお暴力や国際紛争が止まない現在、命を賭して反戦・平和・非転向を貫いた宮本百合子の生き方、作品は現代にも多くの問いを投げかけている。
 7 月に宮本百合子研究者、岩淵宏子の研究論文が纏められ出版された。
 百合子を中心に日本女性文学を幅広く、社会との関係、時代の流れに対応させながら、最新の批評理論も参照しつつ追及してきた百合子研究の集大成である。
 他の作家では、大塚楠緒子、野上彌生子、平塚らいてう、岡本かの子、林芙美子、石牟礼道子、向田邦子、角田光代などの作品も取り上げ、一世紀にわたる女性文学の内実を解き明かしている。

 岩淵は、百合子について、以下のように分析している。15年戦争下において一貫してファシズムに抵抗し反戦小説や評論を書き続け、さまざまな女性の生き方を書くことで、女性が国家総動員体制に組み込まれていく苦悩を表現した。
 またプロレタリア作家同盟が解散した1934(昭9)年2月から敗戦までの約 12 年間には、夫、宮本顕治と共に自身も度重なる検挙・投獄・執筆禁止などの迫害に遭い、太平洋戦争に突入した1941(昭 16)年には、作家ではただ一人検挙され、翌年7月、独房で熱射病にかかって昏倒するという苛酷な状況が続くが、屈せずに獄中の夫を支え、非転向を貫いた。
 この12年間に執筆できたのは 4 年に満たないが、旺盛な仕事を残した。日中戦争勃発後は、軍国主義下の戦時下女性政策を批判・否定する反戦小説を多く書いている。未婚女性に向けた小説には、〈結婚報国〉に巻き込まれないようにという警鐘を鳴らした小説があり、既婚女性に向けた小説には、〈結婚〉が〈報国〉にならないような妻の自立的な生き方を示唆した小説がある。
 「宮本百合子とセクシュアリティ」では、「レズビアン表象の揺らぎ」や、「『伸子』の素子―レズビアニズムの〈変態〉カテゴリー化に抗して」など新しいセクシュアリティ論を展開している。
 『百合子、ダスヴィダーニヤ』の著者である沢部ひとみと『宮本百合子と湯浅芳子との 往復書簡』を出版した黒澤亜里子との鼎談も、湯浅芳子と親交のあった二人との興味深い記録である。
 平塚らいてうは、日本女子大学創立者成瀬仁蔵が1896(明治29)年に刊行した『女子教育』に、女子を「人として」、「婦人として」、「国民として教育すること」としていた点を「まったく新しい女子教育論」と受けとめ、成瀬の下で学んだ。
 「成瀬との紐帯には深く強いものがみられ、らいてうはまさしく成瀬の「魂の子」」であるという。
 フェミニズム批評の観点からとらえた本論文集は、21 世紀の現代世界情勢の中で多くの示唆、警鐘が読み取れる著書である。

 以下、目次を通して内容を紹介したい。


第Ⅰ部
一 フェミニズム批評
第1章 女と言説 ディスクール

第2章 フェミニズム批評の有効性
第3章 フェミニズム批評・ジェンダー批評・ケアの倫理
第4章 女性文学史の新たな構築をめざしてー『【新編】日本女性文学全集』全12巻完結
第Ⅱ部
二 宮本百合子とセクシュアリティ
第5章 百合子とセクシュアリティーレズビアン表象の揺らぎ
第6章 『伸子』の素子―レズビアニズムの〈変態〉カテゴリー化に抗して
第7章 『乳房』―ジェンダー・セクシュアリティの表象
第8章 鼎談 愛と生存のかたちー湯浅芳子と百合子の場合
( 黒澤亜里子・沢部ひとみ・岩淵宏子 )
三 宮本百合子と反戦・平和
第9章 『杉垣』にみる反戦表現―国策にあらがう〈居据り組〉夫婦
第10章 『築地河岸』『二人いるとき』―既婚女性と反戦
第11章 『鏡の中の月』『雪の後』『播州平野』をめぐってー戦争ファシズムと女性
第12章 占領下の百合子―民主化・女性の独立・反戦平和をめざして
四 宮本百合子の世界と表現方法
第13章 百合子と日本女子大学校
第14章 『伸子』―研究の変遷と今日的争点
第15章 『伸子』にみるスペイン風邪と恋―パンデミックと文学
第16章 『未開な風景』―テーマ・創作方法をめぐって
第17章 宮本百合子と佐多稲子―表現方法の差異と多様性
第Ⅲ部
五 女性表象の変容
第18章 女性による樋口一葉論―三宅花圃・田辺夏子・与謝野晶子・平塚らいてう・
田村俊子・長谷川時雨
第19章 大塚楠緒子『空薫』『そらだき 続編』―反家庭小説の試み
第20章 野上彌生子『噂』—揺れる家庭
第21章 求愛の表現―樋口一葉・田村俊子・宮本百合子・山田詠美
第22章 戦時下の「母性」幻想―総力戦体制の要
第23章 角田光代『八日目の蟬』にみる母と娘―母性幻想の終焉
六 フェミニズムとセクシュアリティ
第24章 『青鞜』におけるセクシュアリティの政治学への挑戦―貞操・堕胎・廃娼論

第25章 平塚らいてうと成瀬仁蔵―『青鞜』と日本女子大学校
第26章 平塚らいてう―出発とその軌跡
第27章 田村俊子宛鈴木悦書簡をめぐって
第28章 林芙美子『ボルネオダイヤ』『牛肉』『骨』―売春婦たちの〈掟〉
第29章 林芙美子「『晩菊』―〈老い〉とセクシュアリティ
七 社会とジェンダー
第30章 岡本かの子『生々流轉』―乞食の意味
第31章 石牟礼道子の世界―表象としての〈水俣病〉
第32章 三浦綾子『細川ガラシャ夫人』―宗教的女性像
第 33 章 向田邦子のまなざし―『お辞儀』『スグミル種』『はめ殺し窓』を読む

◆書誌データ
書名 :女性表象とフェミニズムー日本近現代日本女性文学を読む
著者 :岩淵宏子
頁数 :552頁
刊行日:2024/7/30
出版社:翰林書房
定価 :4950円(税込)

女性表象とフェミニズム-日本近現代女性文学を読む

著者:岩淵 宏子

翰林書房( 2024/07/30 )