フリーダンの『女らしさの神話』新訳を出版しました
ベティ・フリーダンのこの著作は、20世紀後半、アメリカでの第2波フェミニズムの発火点となったと言われる世界的に有名な本です。
日本では出版後間もない1965年に、『新しい女性の創造』(三浦冨美子訳、大和書房)のタイトルで邦訳が出され、その後増補版や改訂版も出ましたが、それらはすべて原著を大幅にカットした抄訳版でした。
そこで今回、原著出版50周年を記念して2013年に出た最新版をもとに新たに全訳をおこない、岩波文庫から上下2冊本として出版しました。タイトルも原題The Feminine Mystiqueに忠実に、『女らしさの神話』と改めました。60年近くたって、ようやくこの本の全貌を見ていただけるようになったわけです。さらに、初版以後にフリーダンによって追加された章もあわせて訳出しました。
フリーダンはこの本で、夫や子どもたちと快適な家での豊かな暮らしがあって、幸福そのもののはずの主婦たちの間に原因不明の苛立ちが広がっていること、でも誰もが自分だけがおかしいのだと思ってひそかに悩んでいることを述べ、それを「名前のない問題」と名づけました。そしてそれは彼女たちが悪いのではなく、女性に結婚と妻・母役割以外の幸福追求や自己実現の道を許さない「女らしさの神話」のせいだと指摘します。けれども女性も人間なので、誰かの妻や母である以外に「わたし」でありたい、「自分」らしい生き方を見つけたいという当然の欲求があり、それを抑圧することからくる苦しみが「名前のない問題」の根底にある、というのです。
フリーダンは、第二次世界大戦後のアメリカでこの神話がどのように形成され、社会に浸透していったかを詳細に明らかにするとともに、女性が妻・母役割以外に個人として生きるための人生設計を持つことで、どうやってそこから抜け出していくかについて書いています。
この本はベストセラーとなり、刺激を受けた多くの女性たちが新しい生き方を求めて社会に進出し、自己主張をおこなうようになり、それはフェミニズムやウィメンズ・リベレーションと呼ばれる強力な運動となっていきます。そしてフリーダンはそのリーダーの1人として有名になりました。
原著の出版から60年以上がたった今となっては、この本で主張されていることは一見、あまりにも当然で自明のことのように見えます。当時と比べれば、現在の女性たちにははるかに多くの生き方の選択肢や可能性が開かれていて、それはこの間、フリーダンをはじめとする多くのフェミニストたちがさまざまな分野で男女平等や機会均等、選択の権利を求めて闘ってきたことの結果でもあります。
でも、この本を訳しながら私が感じたのは、60年前とは社会が大きく変わったようでいて、私たちのかかえる問題には当時と通底している部分が多いな、ということでした。女性に対するさまざまな差別や固定観念が依然として存在していることはもちろん、女性にとっても男性にとっても仕事と家庭生活とを両立することの困難さや、「自分探し」「自己実現」のための悩みや苦しみは、現在も切実な問題として多くの人が経験していることだと思うからです。読者の方々は、どのようにお感じになるでしょうか。
以前の邦訳本を愛読された方も、フリーダンの名前だけは知っているという方も、そしてフリーダンについても『女らしさの神話』についても全然知らなかったという方にも、この本に興味を持っていただければ、と願っています。
◆書誌データ
書名 :女らしさの神話 上下
著者 :ベティ・フリーダン
訳者 :荻野美穂
頁数 :上・496頁 下・432頁
刊行日:2024/9/18
出版社:岩波書店(文庫)
定価 :上・1507円 下・1353円(各税込)