
どこの国の軍隊でも、新兵の訓練は徹底して行われる。小銃の射撃訓練とともに、徒手・銃剣格闘訓練は必須である。手元に、陸幕教育訓練部監修『新入隊員必携(新訂版)』(1978年)がある。近接戦闘訓練の項目には、胸部、頸部、腹部などの急所を銃剣で刺突する方法が、足の踏み込みや体の動きなども含めて伝授されている。女性自衛官にも同じ訓練が行われる。
命令と服従の関係を本質とする軍隊に、各国とも女性の参入が進んでいる。本書は、その世界的傾向を、欧州で女性軍人比率が比較的高いフランス軍を素材として検討しながら、究極の「男性性」世界の軍隊に女性が参加することの「意味」を、「男女共同参画」という行政用語を用いて分析する。
検討の柱は、自己決定権による参加の正当化の批判的検討と、軍隊内男女平等の現実態の分析、平和主義とフェミニズムの「接合」の追求である。
自己決定権による軍隊参加について著者は、軍隊に入る自己決定は「自己決定権を放棄する自己決定」だとする。自己決定権による軍隊参加の正当化論は、国家による女性利用を後押しするものだとも批判される。
次いで著者は、フランス軍における性的・性差別的被害の実態とその「再生産」要因をさまざま挙げて分析する。ここが本書の白眉といえる。従来、各国とも、「母性」や「女性性」を強調することで、女性軍人を管理・衛生部門などの非戦闘職種に限定してきた。女性軍人の戦闘職種参加制限の解除をNOW(全米女性機構)が要求してから34年が経過した。今や、各国の軍隊において、女性の戦闘職種への進出は目ざましく、制限される職種を見つけるのが困難なほど「男女共同参画」は進んだように見える。著者は、この状況を、軍隊維持・強化の手段としての女性活用として批判的に見る。
さらに著者は、平和主義とフェミズムの結節点を「非暴力」に求め、「国家公認の暴力装置である軍隊」への女性の参入推進はフェミズムとは相いれないと結論づける。最終的に、「軍隊内男女共同参画」は「軍拡の一環」として否定的に評価されることになる。
さて、一般に軍隊は、将校、下士官、兵という三層構造になっている。本書では、「女性軍人」と「女性兵士」という表記が混在している。階級制に伴う「縦の制限」と、職域をめぐる「横の制限」とを区別して論ずる必要があるのではないか。
また、軍隊が人権と非和解的な存在であるとしても、その内部に憲法原理を可能な限り注入していく現実的アプローチも必要だろう。ドイツにおける軍人の基本権論や軍事オンブズマンの制度などはその一例である。
さらに、本書では、日本国憲法の平和主義とフェミニズムとの連携が説かれるが、著者には、その「接合」の具体的なありようと内容をさらに深めていってほしい。
なお、海保大学校の校歌2番から「ますらお」(益荒男・丈夫)が削除されたが、防衛大学校の学生歌2番はそのままという(『朝日新聞』2024年11月15日付)。「男性性」の強調をやめて「男女共同参画」がさらに進んでいく先に何があるのか。女性も完全に組み込まれた「精強な軍隊」によるさらなる軍拡の方向か、それとも、軍隊のいわば「非軍隊化」、すなわち軍縮と非軍事化(災害救助隊への転換など)の方向を選びとるか。世界は軍拡の方向に一直線のように見えるが、地球温暖化の問題など、喫緊の人類的課題は待ったなしである。長期的に見れば、各国の膨大な軍事費をそうした課題に向けていく軍縮の方向こそ求められている。その意味からも、本書は「軍隊と女性」というアポリア(難問)に、憲法の平和主義の視点をジョイントして正面から取り組んだ業績といえるだろう。
(みずしま・あさほ)
書誌データ
書名 :軍隊への男女共同参画ーー女性の権利の実現と軍事化の諸相
著者 :久保田茉莉
頁数 :248頁
刊行日:2024/9/15
出版社:日本評論社
定価 :6,050円(税込
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