2013.04.10 Wed
※この記事はシンポジウム「竹中理論の意義をつなぐ」レポートの(3)になります。(1)はこちら、(2)はこちらから。
最後にご登壇の松野尾裕さんは、「竹中理論と経済学の革新」と題され、経済学の歴史における竹中理論の意義について述べられました。松野尾さんは、ご専門の日本経済思想史に関連し、学生さんの質問をきっかけに「女性と経済学」というテーマに関心を持たれます。日本で最初の女性経済学者は松平友子(1894‐1970)という方で、1920年代から「女性の家庭生活と職業生活の両立」について問うていたということです。1925年の著書『家事経済学 上巻』では、この両立について、男性の問題でもあるという視点、「婦人の『努力』に依って調和せしめようとする」社会、「男子を中心とし、其の男子の専制的な家庭、男女極端なる分業生活」への批判が見られることが紹介されました。
しかし、この松平氏の後は、戦後最初期に竹中先生が登場するまで、戦前戦中新たな女性経済学者は登場しなかったということです。松野尾さんは、女性経済学者の歴史の流れとして、これまでの竹中先生のご研究の経緯を位置づけられます。竹中先生の回想の中で、先生が1949年に大阪商科大学に入学された際、最初に学んだことは名和統一先生の「『経済学とは金儲けの学問ではない、経世済民の学である』という言葉だった」ということです。
松野尾さんは、次に、竹中先生のご研究の意義について、「女性の生活経験を理論化する」という姿勢が貫かれていること、職業労働(PW)のみならず家事労働(UW)をも視野に入れた理論であったこと、そこには従来の経済学では重視されてこなかった再生産労働の評価がなされていること、また、再生産への視点は、人間の潜在能力(capability)という概念を打ち出したアマルティア・センの福祉へのアプローチと共鳴するものがあるということについて述べられました。「女性の生活経験の理論化」とは、竹中先生の女性労働研究の基盤にあるものであり、また、教員も学生にも男性が多くを占める経済学において、経済学の諸説が圧倒的に「男性の論理」であることへの竹中先生の気づきから生まれた経済学への姿勢であり、著作集Ⅱ巻に収録の論文「わが国労働市場における婦人の地位と賃金構造」(1962年)が、それらの女性労働研究の出発点となっているとのことでした。そしてここでは、このことが経済学につきつけた重みは極めて大きいということが強調されました。
さらに、「女性の生活経験」とも関連し、家事労働や人間の再生産をも経済学の理論として扱う竹中理論もまた、家事、育児と職業生活の二重負担というご経験がきっかけとなっているということです。松野尾さんは、竹中理論の入門編として、第Ⅵ巻第6章「家事労働(アンペイドワーク)論」を推奨されています。PWとUPは車の両輪のように繋がって社会を支えている。人が生きるためにはケアや家事 労働に代表される再生産は必須の物であり、だからこそ、安易に外部化(商品化)されてはならない。
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再生産を社会で支える社会化、男女ともへのケアへの権利の確保こそ必要である。松野尾さんは、こういった竹中理論における再生産への視点は、人間ひとりひとりがcapabilityを高め、生き方の選択肢を広められる自由な社会のためにケアや福祉を位置づけるA.センのアプローチにも共通するところがあると述べられます。最後に、著作集Ⅴ巻に記された竹中先生の文章が紹介されつつ、経世済民の術としての経済学、人間への励ましの学問としての真の経済学として竹中理論があることが確認されました。
三方のご報告後の会場とのディスカッションでは、若年女性の専業主婦志向について、労働運動の現場と竹中理論について、アベノミクスの中での労働の状況をどう捉えればよいのかについてなど、さまざまな論点が飛び交いました。
まず、近年の若い女性に専業主婦志向が高まっているとされる状況は日本で最初の女性経済学者松平友子の時代から変化していないのではないか、そういった状況にどのように向かい合っていけばよいのか、という問いについては、働くことへの自信のなさが専業主婦志向を高めているのであれば、彼女らが自信をもてるようなワークなどを行っていくこと、若い男性は専業主婦の妻を希望していない(なのに平等な役割分担は避ける)のではなどの意見がありました。
また、労働運動の現場からの声も複数の方々からいただきました。中でも、日本で初めて同一価値労働同一賃金原則を裁判で争って勝利された原告の方からの、「男たちのバックには社会があるが、女にはそれはなく身一つである。女のバックに必要なものこそ、(竹中理論を含む)労働理論である」、という発言には、会場全体から大きな共感の声が聞かれました。また、アベノミクスの政策にたいしては、男女の労働や生活の現状を正しく把握するためにも、生活時間調査など、これまで見えないものとされてきた統計の分析をしっかり進める必要があるという意見がありました。
三名のご登壇者の方からは、まとめとしてそれぞれ、まず重要なことはケア労働に対する正当な評価、待遇の改善(久場さん)、竹中先生の世界は大きすぎ、一人で全てを受け継ぐのは無理なので、各人が自分にあうところを、ひとりひとりがリーダーとなって受け継いでいくのがよい(北さん)、竹中理論は女性が読んでも男性が読んでも面白い理論であり、女性運動の中で作り上げられてきた理論を普遍化し、社会全体につなげていくことができる(松野尾さん)という一言をいただきました。
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最後に、この著作集をどこから読めばよいのか、という松野尾さんからのご質問を受け、竹中先生から、初期のころの講演録やアメリカの体験、そこから得た直観、感動や、運動の現場から投げかけられた問題など、昔のことと今の現実とが時系列に記された第Ⅶ巻がよいのではというお話がありました。また、著作集刊行にいたった経緯について、社会が日々変わっていく中で竹中先生ご自身が刊行の意義について悩まれたということ、しかし、時代的な制約の中での議論は普遍的ではないが、なぜその時代にその理論があったのかの歴史的な経過をたどることは現状の参考になるはずだという思いを持たれたことが述べられました。理論のみならず、労働運動に支えられてきたからやってこられた、同時に、さきほどの会場からの声のように、運動の支えになったといってもらえることがどんなに支えになってきたかということ、これからも、理論だから難しいと思わず、活発な議論を続けていってほしいという励ましをいただきました。
続く第二部では、大阪府男女共同参画財団の木下みゆきさんから、「先生のご研究の道をたどっていくような気分になっていただけたら」というお言葉ともに、シンポジウム会場から場所を変え、ドーンセンター情報ライブラリー内にある竹中恵美子文庫へのご案内がありました。
竹中先生の理論が、1960年代よりの確かな理論的枠組みにもとづき、さまざまな時代背景を考慮した、先生ご自身や労働の現場の方々とのつながりの中のさまざまなご経験から創り出されていること、現在の運動や男女の労働や生活、社会への取り組みと理論はつながっていること、そして、それらは常 に私たちの経験と連続しているということが、重い意味を持って感じられた会となりました。
(報告 荒木菜穂)
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