2011.09.09 Fri
*おわりに
原発導入期の資料を見直してみると、アメリカも含め推進者たちがいかにヒロシマを気にしていたかよくわかる。被爆体験を無視してただ「平和利用」をいうことはできなかった。読売新聞はあえて56年8月6日の紙面や週刊誌で「平和利用」をとり上げ、広島の原爆資料館の被爆資料を撤去して「平和利用」展示を行ったのもそのためだった。フクシマ以後聞かれた「被爆国がなぜ原発を?」という海外からの疑問は根拠があったのだ。
そのとき持ち出されたのが、原爆被害を受けたからこそ利益を受けるべきだという代償の論理である。これは原爆の悪への認識を示すと同時に「平和利用」の価値を高めるという一石二鳥の効果を持つ。あれほどの悲惨を償えるとすれば、「平和利用」とはとてつもなくすばらしいもの、ということになるからだ。
それに疑いを持つものは、理性的判断ができない愚か者、進歩・発展にさからう因循姑息のやからとして嘲笑される。読売の座談会での中曽根康弘発言、「こわがるのはバカですよ(笑声)」である。これに逆らうのは難しい。科学的思考・合理的判断という近代的<知>が価値あるものとして社会を律している状況ではなおさらである。
しかも戦前の「軍事大国」は否定されたが、大国として再興への願いは焦土の国民に共有されていた。55年に始まる高度経済成長は朝鮮特需による復興を基盤とするが、56年『経済白書』が謳った「もはや戦後ではない」は、過去の戦争被害の払拭だけでなく未来への発展の方向性を打ち出したものでもあった。「今後の成長は近代化によって支えられる。それは経済成長率の闘い、生産性向上のせり合いである。(略)世界の技術革新の波に乗って新しい国造りに出発しなければならない」。生産性、技術革新。これらはまさに近代の価値である。「原子力の平和利用」はその輝ける最先端の申し子だった。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.その近代に異議を申し立てたのは60年代末の全共闘運動であり、それに接続して生起したウーマン・リブ運動である。田中美津の『いのちの女たちへ』のサブタイトルが「取り乱しウーマンリブ論」であるように、リブは科学的思考、合理的判断といった近代の<知>自体に疑問を突きつけた。それによってつねに女は感情的、非論理的とおとしめられて来たからだ。
わたしの原発否定はただ被爆者だからではなく、こうしたリブへの共感あってのものかもしれない。原爆被害の当事者である日本被団協すら「平和利用」に夢をかけたのだ。いや原爆被害に苦しむからこそ、というべきかもしれない。もし50年代にここで取り上げた言説に接していれば、わたしも巻き込まれていたに違いない。20世紀半ば、人類は国境を越えイデオロギーや体制の違いをこえ、階級やジェンダーの違いもこえて近代の輝ける成果である「原子力」に未来への夢を見たのかもしれない。
アマゾンのサーバでエラーが起こっているかもしれません。一度ページを再読み込みしてみてください.しかしそれは短い夢だった。わたしが原発を知ったのは70年代半ばだと思うが、そのときはもう日本各地で原発反対運動が起っていた。運動の最前線には女性たちがいた。中でもいま世界最大規模の新潟県柏崎刈羽原発の建設反対では、女性たちは果敢なたたかいを展開した。90年代半ばにそうした女性たちを訪ねたことがある。なぜ反対運動に参加したのかを問うわたしに、彼女たちの一人は、「原子の火ともる」のニュースに「日本に危険の火がともったと思いましたよ」とこたえた。広島・長崎を思い浮かべ、人間が生きて行く上で決していいものではないと直感したという(加納「反原発運動と女性」『戦後史とジェンダー』所収)。被爆から30年後の当時、遠く離れた新潟の寒村の農民女性の胸に、ヒロシマは素朴な原発反対の火をともしつづけていたのだ。
それは新潟だけではなかったろう。ヒロシマは各地の原発反対運動の火種として生きていたのではないだろうか。しかしそれはやがてふんだんのカネと専門家による「安全神話」の中に埋もれてゆく。いまフクシマによって再びヒロシマが語られているが、脱原発の火種として再燃させることができるだろうか。
編集部より:
本稿は、インパクション一八〇号 特集「震災を克服し原発に抗う」2011年6月25日刊(1500円+税) に掲載された「ヒロシマとフクシマのあいだ」を、WANのために再編集していただいたものです。
初出のインパクション一八〇号には他にもジェンダーの視点からの震災・原発関連論文が多数掲載されています。
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