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『パリ、ただよう花』 〈中国女/シノワーズ〉の性愛譚 川口恵子

2013.12.24 Tue

 グローバル時代の〈シノワーズ〉たちによる乾いた〈愛〉の物語

sub01北京からパリにやってきてまもない中国人女性教師・花(ホア)の男性遍歴を描く本作は一見、その過剰な性描写の連続で男性観客の欲望のまなざしを誘うかに見えて、次第に乾いた虚無感で観客を突き放す。感情を交えない性行為をとらえる映像が身体レベルの〈愛〉の即物性を浮き彫りにする。彼女が通うソルボンヌ大学の教室で教授の語る政治や女性の権利獲得運動に何の反応も見せない学生たちの無表情が示唆するごとく、もはや語るべき理想も熱い政治の時代も消え失せて久しいパリの雑踏を、孤独な一人の異国からきた女が〈シノワーズ〉(=中国女性)という記号と化し〈愛〉を求め彷徨する。

偶然街角で出会った解体工の男マチューに工事現場の跡地のような瓦礫の積み上げられた場所で暴行された後も、花は男との性的関係を嫌がるふしもない。性暴力の対象となっても被害者の風情はまとわず、「俺の女」扱いされてもさらりと受け流し、かといって自ら性的主体となるといったフェミ的権利意識とも無縁の気ままさで、喉の渇きをいやすようにセックスを繰り返す花の姿は、意外にも結婚を迫るマチューの純情ぶりが途中から際立つほどに、男女を縛る性的規範やモラルからあらかじめ解き放たれ、悪びれるそぶりもない。

花は何を求めて男とセックスをし、パリと北京の間を彷徨い続けるのか――

「パリ、ただよう花」mainフランス在住の中国女性作家リウ・ジエの半自伝的原作『裸』と脚本を気に入ったロウ・イエ監督は、彼女と共同で脚本を書き進めた。その間、タイトルは『母狗(Bitch)』に変わり、最終的にポストプロダクション段階で『花/Love and Bruises[愛と傷]』(原題)となったという。「愛と傷」とはたしかに花とマチューの関係を言い表すのにふさわしい。フランス語で会話を交わしているとはいえ「同じ言語」で話してはいない、違いすぎる二人は、永遠にわかりあうことがないと互いに知りつつ、だからこそ身体の奥深い交わりでつながり続けようとするのだろうか。血の契りを交じらわせても二人が結ばれることはない。

sub03「愛は人間にとって日常的な問題」であり、自分にとっては「ある種の政治的・社会的問題の一番のシンボル」とデビュー作以来、中国当局と軋轢を繰り返してきた監督は述べる(「プロダクション・ノート」)。言葉も社会的地位も異なる男性とのセックスを求め続ける花は、北京では大学教授の元恋人の男―不能性を示唆する身体表象―の結婚申し込みを受け入れ、大学教員のポストを得ることにもなる。退屈の塊のような北京男の殺風景にも似た北京の都市表象に対し、手持ちカメラでいきいきと雑踏の息遣いがとらえられたパリのそれは、郊外の荒廃ぶりすら魅力的に見せる。「自由の都パリ」というかつて戦前のフランス映画が紡いだ神話はすでに崩壊しているにしても、ヌーヴェル・ヴァーグの監督たちが鮮かにスクリーンに現出せしめた戦後パリの生の息吹をロウ・イエ監督はどこかでまだ信じ〈中国女〉の息遣いをとおしてそれを伝えようとしているのかもしれない。

北京出身の原作者リウ・ジエは、山東大学英文学科と北京電影学院修士課程を終えた後、パリ第三大学で現代フランス映画を学んだ。その後、2000年にフランス政府奨学金を得て再渡仏。1998年から2006年までは北京電影学院講師。今はパリ在住の作家。本作の原作小説は中国のポータルサイト・新浪comに発表したものだという。ヒロイン役を演じるコリーヌ・ヤンはパリ近郊生まれのモデル兼女優。ルイ・ヴィトン、ディオール、イヴ・サン・ローランなどトップブランドの広告等で活躍する。

グローバル時代の〈シノワーズ〉たちによる乾いた〈愛〉の物語である。

  2013年12月21日(土)より、渋谷アップリンク、新宿K’sシネマにて公開

■英題:Love and Bruises

『パリ、ただよう花』

■監督、脚本:ロウ・イエ 
■脚本:リウ・ジエ 
■撮影:ユー・リクウァイ
■出演:コリーヌ・ヤン、タハール・ラヒム
■配給・宣伝:アップリンク
(仏・中国/2010年/105分)

■公式サイトはこちら

 (上記テクストは、パド・ウィメンズ・オフィス発行『女性情報』2013年12月号より転載。若干加筆箇所あり)

カテゴリー:新作映画評・エッセイ

タグ:セクシュアリティ / 川口恵子 / 中国映画 / 女性表象 / 性描写