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女神信仰とジェンダー・イメージを操り「インド女性」のイメージを書き換える『女神は二度微笑む』 川口恵子

2015.03.09 Mon

女神は二度微笑む:メイン家父長制と女性蔑視の根強い国インドという従来イメージに揺さぶりをかけるボリウッド映画が出現した。ヒロインはIT技術と英語を駆使するロンドン在住インド系女性ヴィディヤ。ただし〈妊婦〉。失踪した夫を探しに、身重の体で国際都市ロンドンから遥々コルコタ(旧名カルカッタ)国際空港に着くところから〈行方不明の夫を探す妊婦〉の物語が動き出すのだが、街中の雑踏、地元警察、安宿、学校、IT企業と、彼女が移動するにつれ、観客もベンガル地方の州都コルコタの多様な顔に触れられる趣向。伝統とウルトラ・モダン。ローカルとグローバル。猥雑と混沌。人情と官僚主義。冒頭の地下鉄を舞台にした無差別テロ事件が示唆するように、いつ何が起きるかわからない現代社会の不気味さを内包する都市を舞台に、夫を探す気丈な妊婦の物語は、やがて国家情報局の捜査と絡まりあいつつ、大団円へともつれこむ。

フェミニスト的観点からして最大の見せ場はベンガル地方最大の祭「ドゥルガー・プージャー」(ドゥルガー女神の祭祠)を背景に、ヒロインが謎の男と対決する場面だろう。 ヒロインが紅白のきらびやかなサリー姿の既婚女性の群れに取り巻かれ、祝祭的な儀礼場面に巻き込まれるいくつかのシークエンスも必見。ある時は女性たちが輪になり、ある時は、互いに既婚女性のシンボルであるシンドゥール(赤い染料)を塗りあい、ヒロインの額にも塗られる(彼女は何度この映画でジェンダー化されたのだろう!)。そもそもこの祭祠、シヴァ神の妃ドゥルガーが、一年に一度、夫と暮らす山から下り、生家に戻る里帰りを祝うもので、司祭と共に既婚女性が主役的な役割を務めるものだという。女神が地上にいる間、仮設の祭壇に女神像を祀り、歓待した後、女神像をガンジス河に流すのだが、その前に女性たちと女神との「別離の儀」が行われる。その交歓の儀に参加することが既婚女性たちにとって晴れ舞台となるようだ[i]。 そうした晴れ舞台効果を巧みに取り込んでいるせいか、権威主義的なインド人男性を相手に一歩も引かない矜持を見せてきた力強く現代的なヒロインが、伝統的なサリー姿の女たちの群れと遭遇し交じり合う一連の場面に、不思議にエンパワメント効果がある。 最初はサリー着用も渋っていた彼女だったのだが――

 

女神は二度微笑む:サブ2

映画の醍醐味を損なわないよう詳細は省いたが、要約すれば、妊婦のジェンダー・イメージを逆手にとり、フェミニスト的観点を盛り込みつつ、「戦いの女神」ドゥルガー神話を現代風に書き換えた、グローバル・マーケット向けボリウッド版サスペンス映画といえるだろう。

『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』の監督によるハリウッド版リメイクも決定している。

ヒンディー語の原題はKAHAANI(物語)。巧妙に仕掛けられた「語り」の罠が観客を驚愕のラストに導く。結末まで見届けて、もう一度最初から見直せばさらに面白さが増す映画だ。

主演女優ヴィディヤー・バーランはムンバイ大学大学院で修士号を取得し、マラヤーラム語、タミル語、ムンバイの言葉マラーティー語、ヒンディー語、英語、ベンガル語に堪能という才媛。2012年には大手映画製作者インド・ディズニー社トップと結婚。2013年にはカンヌ映画祭コンペティション部門で審査員を務めたという。

『女神は二度微笑む』

2月21日(土)ユーロスペースほか全国順次ロードショー

公式ホームページはこちら (予告編が見られます)


[i] 外川雅彦「司祭の儀礼と女性の儀礼―インド・ベンガル地方の女性祭祠と女性―」『アジア・アフリカ言語文化研究』61号、2001年参照。http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/21875/1/jaas061004.pdf

カテゴリー:新作映画評・エッセイ / 映画を語る

タグ:女性運動 / フェミニズム / 家父長制 / 川口恵子 / ジェンダー・イメージ / インド映画

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