ひじき漁は星待ち潮待ち
例年1月末か2月初め、月と太陽と地球が直線上に並ぶときを待ち、祝島のひじき漁が口開け(解禁)となる。具体的に漁師が待つのは星の配置ではない。「ひじきの口開けはいつ?」と聞かれれば「大潮(おおしお)はいつじゃったかね」と潮見表(しおみひょう)を見る。待っているのは潮なのだ。
海水面はゆっくり高くなり低くなりを繰り返す。多くの場所で日に2度、ほぼ半日周期で起きるこの現象を「潮(しお)の干満(かんまん)」または「潮汐(ちょうせき)」と呼ぶ。主に月と太陽の引力、そして地球の自転によって起こると言われる。ひとつの周期で海水面が最も高くなった状態が「満潮」、最も低くなった状態が「干潮」だ。月と太陽と地球が直線上に重なるとき、満潮時と干潮時の海水面の高さの差が最大になる。潮がよく満ち、よく干(ひ)るこの時期を「大潮」と呼ぶ。月に2回、新月と満月の頃がそれに当たる。
祝島のひじき
よく満ちれば、ひじきを育む海の領域はおのずと増す。よく干れば、満ち潮のときに海底だった地面が、より多く海から顔を出す。だから大潮に口開けとするのだろう。ひじきが茂る海の底を歩くことも、ひじきの根元を掴んでノコギリ鎌で刈ることも、大潮の干潮なら造作ない。
この季節は夜によく干る。口開け日には、日づけが変わるのを待ち構えてひじき漁へ出る姿も珍しくない。祝島で唯一の女漁師・竹林民子さん率いるチームも、真夜中に集合して磯へ向かう。濡れた小岩や石が広がる足下をヘッドライトで照らして、ひじきの森へとたどり着く。
刈り取ったひじきは軽トラに載せて釜場へ運ぶ。祝島の山で集めた薪で大きな鉄釜に湯を沸かし、火と水を加減しつつ民子さんはひじきを炊く。4時間ほどで火を止めると蓋をしたまま一晩蒸らす。翌朝に浜で網に広げ、様子を見てひっくり返し、風がよければ2、3日で干し上がる。祝島では、海が育んだひじきを、山の薪で炊き、浜の風で干している。
繁忙期に事件つづき
繁忙期は事件が多い。ひじき漁もしかり。前回言及した「海戦のような衝突」は3.11直前の2011年2月だった。上関(かみのせき)原発のための埋め立て工事を中国電力(中電)が強行しようとしたので、祝島をはじめ各地から人が集まり抗った。この海を埋め立てられたら困るのだ。衝突は陸でも起きた。「夜中はひじきを刈り、朝は田ノ浦へ行って浜で寝ちょった」。田ノ浦は祝島の約3.5km対岸にある原発の予定地。そこで朝から日暮れまで身を横たえる非暴力直接行動は、ひじき仕事を続けるための意思表示だった。
漁業補償金をめぐるここ数年の騒動も発端は2013年の2月だ。祝島の漁師が上関原発のための漁業補償金「受けとり」へ転じたと報じられ、島内外の関係者や関心層に衝撃が走った。
漁業補償契約書
本来、日本で原発をつくるには周辺の漁業に補償をしなければならない。だが上関原発計画に関係する8漁協(当時。以下同)のうち、祝島は原発を拒み、補償金もつっぱねた。実際、補償金の根拠である漁業補償契約書の第1条には、四代漁協・上関漁協・共第107号共同漁業権管理委員会(「管理委員会」)および所属組合員は(原子力)発電所の建設および運転に同意する、とある。同意していない祝島が受けとらないのは道理。そして祝島の漁師が補償金を受けとらないことは、計画に抗う人びとにとって切り札だった。
布石がいっぱい
計画を進める人びとには、逆にそれが隘路(あいろ)に見えただろう。「祝島を外そうとしとった」と漁師のひとりが語ったとおり、時間をかけて布石を打ち、当事者としての資格や発言力を、それと気づかぬうちに祝島の人びとから奪おうとした。それは次の3段階で進んだように見える。
まず、上関原発計画のための環境影響調査の対象を縮小し、祝島漁協(当時。以下同)の関与を外した。調査を強行するためだろう。さらに、1994年の漁業権の切り替えの際、8漁協それぞれの浜から300m内の海域を、8漁協が共有する共同漁業権を外して各漁協の単独漁業権とした。祝島漁協の同意がなくても上関原発のための埋め立てを強行できるよう、埋め立て海域の権利を整理したのだ。しかもその際、8漁協でつくる「管理委員会」の協議決定に関わる規則等が、ひっそり改変された。これがのちに、中電が「管理委員会」と2000年に締結した前述の漁業補償契約は祝島漁協も拘束する、とされた一因となる。
女の人が流れを変える
だが祝島は、原発のカネを拒むことでは筋金入り。「カネをもろうた者はモノを言えんごとなる」と、環境影響調査が始まったときも約2200万円の迷惑料の受けとりを拒んだ。「管理委員会」はこれを法務局へ供託。祝島の漁師は、供託期限が迫るころに一度だけ、迷惑料を受けとる方向へ傾きかけた。そのとき女の人たちのチカラで「受けとり拒否」を貫いたと聞く。
「祝島漁協が山口県漁協と合併することになり、合併するには祝島漁協の赤字を解消せにゃならん。赤字はちょうど中電の迷惑料ほど。それを受けとって合併するしかあるまいと漁協の総会でなったんと。そのとき、ある家の法事でおばさんらが集まって『なんとかならんかね』となったんじゃ。貸してくれる人がおれば、赤字を埋めちょいて、皆で月々少しずつ返せるじゃ? ある漁師の奥さんに『2200万円だしんさいな』言うてみたら『いいよ、貸すよ。何十年してもえいから返してくれればえいからね』と。そっから話が動き始めたんよ」
「そうそう。そっから、中電のカネを受けとらなんでも、カンパを集めれば赤字を解消できるんじゃないかと思いついて。すぐ清水敏保さん(上関原発を建てさせない祝島島民の会・現代表)のとこへ走って、清水さんと2人で、山戸貞夫さん(祝島漁協・組合長=当時)に話しました。それから男の人たちが集まって話して、中電のカネは受けとらずに全国からカンパを集めよう、と流れが変わったんです」
こうして祝島漁協は臨時総会を開き、中電からの迷惑料を「受けとる」という前回の決議を撤回。「受けとらない」と決議しなおした。2005年12月のこと。

表:漁業補償金の受け取りについての採決
つづく押し売り、重ねたお断り
さかのぼって2000年にも祝島漁協は、漁業補償金の前払い分約5億4000万円を拒んでいる。これも「管理委員会」が法務局へ供託。ところが2006年4月、祝島漁協が山口県漁協と合併して祝島支店となり、ややこしくなる。2008年秋に支払われた漁業補償金の後払い分を祝島の漁師が拒むと、県漁協の本店が祝島分の約5億4000万円を保管したのだ。以降、祝島の漁師は漁業補償金について採決を繰り返し迫られる。
2009年と2010年の採決は、「管理委員会」が2000年に供託した漁業補償金について。いずれも祝島支店は受けとりを拒んだ。すると供託期限の迫る2010年5月、県漁協本店がこれを回収。約10億8000万円になる祝島支店分の漁業補償金を、本店が全額保管する事態となった。2012年の採決では「何回やるんかね。2回も3回も(採決)やっちょろう?」と口にした組合員もいた。祝島支店は、やはり「受けとらない」と議決した上、漁業補償金は二度と協議しないことも決議した。
アベ流は現場で先行
なのに、なぜ2013年も採決があったのか。祝島の漁師たちは、1982年から続いた原発計画の問題に2012年2月に終止符を打った、はずだった。重荷を下ろした安堵か、原発のカネを拒み通した正組合員は、その後1年のあいだに引退や他界などで10人ほど減った。だがこの間、2012年12月に山口県選出の安倍晋三衆議院議員が首相に就任。2ヶ月も経ずに山口県漁協は、上関原発のための漁業補償金について祝島支店の会合を招集したのだ。
関係者への取材から、当時の状況が次のように浮かび上がる。2013年2月半ば、祝島支店の度重なる意思表示を無視して漁業補償金の話を蒸し返す県漁協に疑問を覚え、祝島の漁師が質問するも県漁協は「会合で説明する」の一点張り。ならば説明だけは聞こうかと2月末の会合に出ると、県漁協の本店からきた仁保宣誠(にほむべなり)理事の説明は質問と噛みあわない。一方的に説明を済ませ、議事に入ると言って議長の選出を始めたという。
だが議長は、議事を進行し、採決の段には採決方法を決める権限も持つ重要な役だ。国策である原発計画に対峙する祝島では、だからこそ議長を選出する方法についても揉める状況がある。そこで、揉める場合は議長を選出する方法についてまずは決を採り、その方法で議長を選出してきた。ところが仁保理事はこの日、議長の選出方法は「(県漁協)執行部が決める」と強引に押し切った。
「これは規約8条『招集者は…議長の選任方法を議場にはかり議長を選任』に違反します。ただ私たちは当時、県漁協の定款類を出し渋られ、事前に入手できたのは定款のみ。私は祝島支店の准組合員ですが、違反があったときにその場で追求し止める術となる情報開示がなかった。承服できない」と、前出の清水さんは指摘する。「議長選出について県漁協の執行部に一任してほしいと、理事が提案してきたことが数年前あった。一任するか採決して祝島支店は否決したんですが、こんな提案をする程だから理事は議長選出に詳しいと見える。出し渋りも違反も意図的ではないか」と、祝島支店の運営委員・橋本久男さんも疑念を示した。
いわば長年の紛争に関わる重要な会合で、県漁協が自身の理念信条や法規に背く手続きで強引に議長を選任し、祝島支店の運営委員長が議長となった。運営委員長は旧祝島漁協の組合長に近い役職で、合併後もしばらくは原発計画に抗う組合員が務めたが、原発工事の現場で抗議を余儀なくされて立候補の届けが遅れた数年前から県漁協本店の意を受けたと言われる組合員が就く。その運営委員長が、漁業補償金の受けとりをめぐる一連の採決で初めて議長を務めたところ、漁業補償金受けとりについての「強行採決」と、祝島支店は漁業補償金受けとりに転じたとする「既成事実化」が起きた。
海のチカラ
ひじき仕事の繁忙期に「ショックでご飯が食べられん」と、おばちゃんたちが息巻いた。2013年3月4日には、上関原発のための埋め立て免許があと1年延命する見通しとなった。2012年10月に失効するはずが、山口県知事の変節でズルズル延びた挙げ句の果てだ(2016年1月現在も延命中)。
浜のひじき仕事
ただ、重なる逆風は祝島の人びとを奮いたたせた。3月22日には、祝島支店の漁師39人(正組合員31人+准組合員8人)が「漁業補償金を受けとらない」という意思をひとり1枚の書面に署名捺印して表明し、県漁協本店へ提出。「1回くらい(の採決)で、補償金の受けとり賛成が多いと結論を出してもらっちゃ困る。これまで2回も3回も(採決を)やられてきたんじゃから」等の声も聞こえた。
日に日に春めく浜に、ひじき仕事に精出すおばちゃんたちの声が響く。磯で一心にひじきを刈る姿も見える。海を受け継ごうと懸命な人を何度でも回復させるチカラが、祝島の海にあるような気がした。
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