「いま、この時代に働くこと生きること~ディーセントワーク実現をめざして(Part1)」レポート
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2016年11月19日に、フォーラム 労働・社会政策・ジェンダー企画「いま、この時代に働くこと生きること~ディーセントワーク実現をめざして」の第二弾として、「安倍政権の雇用差別と貧困化を問う」をテーマとした例会を開催いたします。
詳しくは以下のイベント情報をご覧ください。
★「安倍政権の雇用差別と貧困化を問う」
また、これまでの例会をまとめた報告集も刊行中です。現代における労働、社会政策、ジェンダーの問題を様々な角度から取り上げています。詳しくはi以下のリンク先記事、および以下のチラシの2枚目をご覧ください。
★フォーラム 労働・社会政策・ジェンダー 例会報告集『いま、この時代に働くこと 生きること~ディーセントワーク実現をめざして』
★例会&報告集チラシ
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本シンポジウムは、「フォーラム 労働・社会政策・ジェンダー」の企画としてこれまでの例会をまとめた『例会報告集』の刊行を記念し開催されました。報告集は「いま、この時代に働くこと 生きること~ディーセントワーク実現をめざして」をテーマに製作されました。労働に関し最も重要な概念にもかかわらず、現状では軽視されがちな「ディーセントワーク」の実現をともに考えることを目的に、本シンポジウムでは社会制度に着目し、北明美さん、皆川満寿美さんのお二人から話題提供をいただきました。
北さんのお話は、これまでの日本の政策決定に関する文言に見られる、国や家族を重んじ、個人を尊重しない価値観が、現政権の政策といかに通じているかについて、多数の資料と綿密な解釈とともに展開されました。他方皆川さんのお話では、今年4月より施行された「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律(以下、女性活躍推進法、活躍法)」の成立までの経緯や、具体的な法律の内容やその意義が詳細に紹介されました。
現在の労働、家族に関する法制度を個人の尊重やジェンダーの観点から批判される北さんにたいし、皆川さんのご報告は、問題や批判はあれども少なくともジェンダー平等の観点を持つ女性活躍推進法をどう生かすか、という政策のプラス面にも触れた内容となっていました。しかし政策にたいし一見相反するこれらのお二方の立ち位置は決して遠いところにあるわけではなく、総じて、我々の政策への向き合い方が問われていたように感じました。本レポートでは、北さん、皆川さんのご報告の要点とその後のディスカッションを紹介します。
北さんのご報告では、これまでの日本の政策決定の場で出された家族主義の重視、個人の軽視につながる表現や含意を振り返ることで、現政権での家族および労働政策の背景にある価値観が、詳細な資料の分析とともに述べられました。紹介された最も古い資料、1939年の厚生省予防局民族衛生研究会による「結婚十訓」は、結婚に際しての教訓をまとめたもので、時代的なものとはいえ公的にこのようなものが出されているとはなんともお節介で不愉快な印象を持ちました。その内容は、「悪い遺伝のない人を選べ」「晩婚を避けよ」「生めよ育てよ国のため」と、個人の尊厳や生活よりも、強い国家のための家族を優先する思想が強く表れています。
その後1941年には人口政策確立要綱が閣議決定されましたが、その内容の項目のはじめ三つには、日本がアジアの強いリーダーになること(「東亞共栄圏を建設して其の悠久にして健全なる発展を図るは皇国の使命なり」)、そのために人口増加を目標とし、実現のためには「永遠に発展すべき民族たることを自覚すること」「個人を基礎とする世界観を排して家と民族とを基礎とする世界観の確立」などの精神を常に持つべきなど、抽象的な精神論が記されました。項目の四番目から、ようやく具体的な「人口増加の方策」が記され、やはりその目的に沿った結婚や家族のあるべき姿や母性に関する教育の重視、優生思想などが指示される流れとなります。
北さんの解説によれば、政府による決定であるにも関わらず、具体性よりも個人の精神が先に来ることの意味とは、財政の安定しない時代ゆえ、(国家の発展のための人口増加の目的にも関わらず)その責任の自覚を個人にゆだねる政策とのことです。また、要綱の中の国の「発展」のための国民の「配置を適正に」するという表現は、人口を首都に集中させず地方に分散させることを意味しているとのことでした。
戦前戦中戦後の国家重視の家族政策、一方でその責任を個人や地方へ担わせる価値観は、ひとまずの民主化を経て形式上は男女平等となった近年の政策にも脈々と引き継がれます。
2014年11月の経済財政諮問会議専門調査会「選択する未来」委員会「未来への選択―人口急減・超高齢社会を超えて、日本発 成長・発展モデルを構築-」では、少子化対策(家族関係支出)を倍増させるなど社会保障を手厚くするような表現もあるものの、国家の発展と少子化対策を結びつける名称が示すように、先の人口政策確立要綱と根を同じくするモデルであるとのことでした。
消費増税以外に具体的な社会保障の財源確保への言及はなく、また、「資源配分の高齢者から子どもへのシフト」など高齢者の自己負担増と次世代育成を天秤にかけるような表現は、政府としての負担を極力避けるという裏の意図が示されている。また、この文書では「従来からの少子化対策の枠組みにとらわれることなく」という文言も登場しますが、これには、これまでは子育て支援が主だったが、出産、結婚支援にも目を向けること、すなわち、国家のための少子化解消の手段として結婚を位置付ける戦前の意図につながる意味が含まれているということです。
また、前述の「未来への選択」においても、人口政策として地方を重視していくという表現がありましたが、2014年5月の「少子化危機突破タスクフォース(第2期)取りまとめ」では、「結婚・妊娠・出産・育児の切れ目のない支援」として、婚活支援などの「地域少子化対策強化交付金」への言及が見られます。ここでも、政府は社会保障費の負担を極力引き受けない、いわゆる「小さな政府」、新自由主義の姿勢が貫かれ、安く済むこれらの少子化対策が提案され、また、結婚、妊娠、出産などに関し「国民、企業、学校、メディアなど…意識改革が重要である」など精神論が展開されています。2015年8月21日の「少子化社会対策大綱の具体化に向けた結婚・子育て支援の重点的取組に関する検討会『提言』」では、少子化について「社会経済の根幹を揺るがしかねない危機的状況」という表現で記され、ではどのような対策を講じるべきかと言えば、やはり婚活支援や、子どもを持つことを中心に据えた個人のライフデザインが可能な教育などが提案されています。しかも、それらの取組は国が直接行うのではなく、地方自治体に委ねる形となっています。
近年の政策提言や会議の報告などでは他にも2015年11月の一億総活躍国民会議「一億総活躍社会の実現に向けて緊急に実施すべき対策―成長と分配の好循環の形成に向けて」における、妊娠・出産、育児への支援の主体を地方や家族とする価値観や、政策寄りの有識者の発言などにも、戦前からの国家の発展のための人口政策、「小さな政府」と家族主義、生殖医療などには優生思想、個人の尊重の後退に通じる価値観が受け継がれているということでした。
北さんのご報告は、現代における少子化対策、家族政策が、いかに戦前からの、個人を軽視するジェンダー平等に反した価値観と連続性を持つものかについてでしたが、続く皆川さんのご報告では、女性活躍推進法を中心に、ジェンダー平等を志向する実際の政策についてお話しいただきました。
皆川さんのご報告では、まず、「ディーセントワーク」が、民主党政権下であった2012年7月31日閣議決定された「日本再生戦略」に盛り込まれていたことに触れられました。女性活躍推進法は、2015年8月28日に成立、2016年4月1日より施行された、「男女共同参画社会基本法の基本理念にのっとった法律であり、国、すべての地方公共団体と、労働者が301人以上の民間企業について、事業主行動計画の策定と情報の公表が義務づけられ」「努力義務ではあるが」「地方自治体には『推進計画』の策定が求められ」「優良と認められる一般事業主について、認定制度を持つ」と内容を説明されました(男女共同参画基本法の理念により実効性や具体性を持たせるための法律という風に受け取りました)。
お話では、法律の制定にいたる経緯や、民間企業と自治体に義務づけられる「事業主行動計画」、自治体の努力義務である「推進計画」、「認定(えるぼし)」についての詳細な解説が述べられました。まず、女性活躍推進法以前には2003年成立の次世代育成支援対策法が存在しており、ここでも事業主行動計画や認定制度(くるみん、プラチナくるみん)がすでに盛り込まれていました。しかし、次世代法と異なり、活躍法は、「女性の活躍に関する情報の公表」が義務づけられていて、そこが重要だとのことです。活躍法は事業主にたいし、(1)自社の女性の活躍に関する状況把握・課題分析、(2)その課題を解決するのにふさわしい数値目標と取組を盛り込んだ行動計画の策定・届出・周知・公表、(3)自社の女性の活躍に関する情報の公表、を求めています。この「情報の公表」については、厚生労働省は、今回新たにウェブサイトを用意しています(女性の活躍推進企業データベースhttp://www.positive-ryouritsu.jp/positivedb/)。
事業主行動計画を策定し、期限を切って目標を実現するというのは、「ゴール&タイムテーブル方式」のポジティブ・アクションです。この法律によって、女子差別撤廃条約、男女共同参画社会基本法、男女雇用機会均等法に盛り込まれたポジティブ・アクションが、より強制力のある政策として実現したということなのであり、この点は注目されるべきです。均等法のポジティブ・アクション規定(14条)は、企業の自主的取組と国による支援にとどまっていて、審議会でも労働側委員から実効性を強めるべきと主張されていたものの、その先に進むことはできませんでした。
活躍法の先駆と言えるのが、民主党政権下に決定された2012年「女性の活躍促進による経済活性化」行動計画(「働く『なでしこ』大作戦」)です。小宮山洋子厚生労働大臣、西村智奈美副大臣、藤田一枝政務官の3名の女性が担当であり、「男性の意識改革」「思い切ったポジティブ・アクション」「公務員から率先して取り組む」という3つの柱をかかげたものでした。安倍政権の「女性活躍」政策は、オリジナルなものではなく、民主党政権の女性政策を引き継いでいるという点、もっと知られるべきだと、皆川さんは指摘されていました。
活躍法は2014年10月に国会に提出されたものの、11月21日の衆議院解散により廃案となり、ふたたび、2015年2月に提出されました。その後、与野党から共同で修正案が出され、経済成長のために女性を活用するという側面は弱められました。
推進法が掲げる「女性の活躍」は、女性管理職を増やすことだと考えられているかもしれませんが、基本方針には「男女ともに働きやすい職場」「男性の家庭生活への参画」「育児・介護等をしながら当たり前にキャリア形成できる仕組の構築」などと書かれており、「単に女性を管理職に登用すればいいということではない」ともされています。
しかし、計画策定と数値目標は義務であるものの、実効性に疑義ありという側面があることは否めません。とはいえ、厚労省のデータベースは、誰でも閲覧可能です。公表する数値が少なければ、大変目立ちます。「えるぼし」認定事業主も確認できます。データベースを比較する時のポイントとして、皆川さんは、「雇用管理区分ごとに出しているか」「独特すぎる管理職の定義がないか」「日付が入っているか(ないものは古いデータかもしれない)」など、事業主の誠実さやオープンネスへの着目と、「女性の活躍実現のための『課題』は何か明確にされているか」、「課題にフィットした方策になっているか」、「タイムテーブルになっているか」などをあげておられました。そして、なにより、どのように取組がなされているのかについて不明な点があれば、私たちの側から各社に尋ねてみることが重要であることを強調されていました。
皆川さんからは、このように、女性活躍推進法の目的や成立までの経緯、企業、事業主に求められている視点とすでに公表されているデータなど示していただきましたが、私を含めほとんどの参加者は知らないことが多かった、というのが実情でした。活躍法について、なんとなくアンビバレントな気持ちで曖昧に受け止められていたところもあったように思います。実際の法の背景や内容を知ることは、議論のために重要です。皆川さんは、法や制度は作られて終わりではなく、法を理解し、意見や疑問を企業や自治体や政府に投げかけるなど、働きかけを続けないと意味がないと述べておられました。個人と政治との関係は、一方通行ではなく、監視や提案も含めた双方向でないといけない。当たり前のことながら、実際は実践することが難しい人も多かったであろう政治へのアクセスをしやすくする側面が活躍法にあるならば、それは評価できることなのではないか。ご報告を聴く中で、そういった前向きな感想とともにそもそも、知ることなしには議論どころか行政にたいする働きかけも不可能であると、自分自身の「法」への視線の緩さを反省することとなりました。
この点は、政策の裏の意図を、その歴史的経緯とともに知り、危険性や問題性を考えることの重要さを述べられていた北さんのお話とも共通するのではないかと思います。まず個人が知ること、議論することなしには成熟した社会は成り立たないということなのではと思います。
時代の流れの中から、そのために必要な情報に敏感になることが特に必要となる時期なのだとあらためて感じました。
ディスカッションでは北さんと皆川さんとの間で、政権には様々な顔があり、どの政権、どの有識者が政策に携わってきたかを詳しく見ると見えてくることがある点、一方でジェンダー平等に関する法案でも家族主義やネオリベラリズムに取り込まれてしまう危険性も常にある点があらためて確認されました。
フロアからは、北さんのお話の戦前との連続性は実感としてあり、活躍法は反ジェンダー平等を後押ししてしまうのではないか、「実質的な機会の平等」という表現が法の中にあるということは、結局は能力のある女性だけを活躍させるネオリベラリズム的な政策ではないのかという意見が挙がりました。それにたいし皆川さんは、機会の平等が形式的な平等であるという問題はもっともであるが、機会の平等さえ実現していない現状がある意味では、それに近づけることもまず意味があること、北さんからは、結果の平等のための政策もまた、最終的には本当の意味での機会の平等を実現させるプロセスであり、法律を生かし、どこまで戦っていけるかに意味があると述べられました。(荒木菜穂)
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