平成31年(ワ)第7175号、第10285号 損害賠償請求事件
東京地方裁判所 民事第25部甲B係 御中
 
意見陳述書

                               2019年6月7日
                    原告ら訴訟代理人  弁護士  角田由紀子
 2018年8月初め、被告東京医科大学が、それまでの入学試験において数年にわたり、女子学生に対して、女子であるというその一点のみで、不正な得点操作を行い、女子の合格者数を少なくすることを行っていたことが発覚しました。このことが報道されると、多くの人々はその不正行為に憤りました。中でも一番ショックを受けたのは、言うまでもなく当の受験生とその親たちでした。発する言葉も見つからず、呆然としたということではなかったかと思われます。私がその当事者であったら、あるいはその親であったらと思わずにはいられません。
 日本では、大学入試は公正・公平に行われていると信じられておりました。女性であるということだけで女性がさまざまに不利益を受けることは、男女の賃金差別などに残念ながら日常的にみられます。しかし、女性差別を日常的に見てきた人々であっても、それがこともあろうに、大学入試で、女性の合格者を少なくするという明確な目的の下、何年にもわたり行われていたことに、衝撃を受けました。そこにあったのは、連綿と続く明らかな女性差別でした。この社会の底には、憲法学者・辻村みよ子教授の言葉を借りれば「永久凍土」ともいうべき女性差別の厚い層が牢固として横たわっていたのです。憲法施行後、71年を経過しているにもかかわらず、この「永久凍土」は、1ミリも溶けていなかった事実に、原告をはじめ、人々は愕然とさせられました。
 憲法13条、14条の定めた個人の尊重、性差別の禁止などは、被告にとっては、まさに「どこ吹く風」であったのです。日本は、1985年に国連の「女性差別撤廃条約」を批准しており、この条約も日本社会を規律する法規範になっています。この条約10条a及びb項は、明確に女性に男性と同一の教育を受ける権利が保障されるべきことを定めております。
 因みに、a項は、「あらゆる種類の教育施設における職業指導・修学の機会・資格取得のための同一条件の確保」を定めていますし、b項は、「同一の教育課程、同一の試験、同一水準の資格を有する教育職員と同一の質の学校施設・設備を享受する機会が確保されねばならない」とうたっております。この条項では男性と女性に与えられる教育はあらゆる面で「同一であるべき」としていることが重要です。被告は、この条約を知らなかったのでしょうか。そうであれば、それは、大学という教育機関としては大きな怠慢であったと非難されねばなりません。
被告の行ったことは、一言の弁明も許されない不法なことであります。
 明らかな性差別によって、不合格の結果を突きつけられた受験生の怒り、悔しさやそもそも差別的な試験を受けさせられたことへの憤りを適確に表すことのできる言葉は、ありません。今、ここでこう述べていても、受験生の女性たちのくやしさが思われます。
 日本では、入学試験において、不正がないことは当然の前提であり、受験生はそのことに一点の疑いも持たないので、合格を目指して懸命の努力をすることができるのです。本件で原告となった女性たちは、それぞれの動機で医師となって病気の人々を助けたいとの深い志に支えられて、日夜勉学に励んできたのです。原告たちは、不合格の結果に接したとき、その志ごと否定されたと思ったでしょう。原告たちは、その挫折を乗り越え、落胆しても、気を取り直してさらに勉学に励んできたのです。しかし、不合格は自分の力の問題ではなく、被告・大学側の女性差別という最も非難されるべきことがもたらしたものであることが、明るみに出たとき、原告たちは、怒りを深め、その気持ちの持っていき場が見当たりませんでした。なぜ、こんな理不尽なことが、私に降りかかってきたのかと、悔し涙にくれた人がいたとしても、決して不思議ではありません。
 被告は、いかなる正当化理由もあり得ない不正行為で、多くの若い女性たちの人生の大切な時間を奪いさり、その努力を踏みにじり、あるいはその自尊感情を傷つけ、彼女たちに苦悩を強いたのです。被告の行ったこれらのことは、本来は金銭で償うことはできません。しかし、現在の法制度の下では、原告たちは、残念ながら損害賠償請求という形でしか、意思表示ができません。
 今回の女性差別は、医師を養成する任務を負った大学教授たちによって行われましたが、そのことは、特に重大です。医師は、人の命を救うのが、仕事です。その仕事は、もっとも人権を尊重する仕事のはずです。今回の不正にかかわった大学教授らは、いわば、人権侵害行為の先頭にたっていたと非難されても致し方がありません。事件発覚当時報道された被告側の弁明には、医療の現場は女性には厳しすぎて向かない、特に医師になりたての若い時期の女性は出産や育児の時期と重なり、長時間・過密労働に従事することが難しいので、不適格ということがありました。つまり、女性は大学病医院等での便利な労働力としては不適ということであり、その不適な女性医師が増えては困るので、医師への入り口である医学部入学試験で女性の数を抑制しているのだということでした。正すべきは、若い女性が働き続けることができない医療現場の悪しき労働環境であり、女子学生の入学抑制ではないことは、明らかです。このことにも、被告の中で意思決定権を握っている教授たちの人権意識がいかに貧しいものかが現れています。人の命を救うことを使命とする医師が、人権感覚の乏しい人々によって養成されるとは、大いなる矛盾です。
 今回の事件は、直接には被告の問題ですが、被告の事案の発覚を受けて、他の大学の医学部でも同様な女性差別入試が行われていたことが分かってきました。それ等の大学も女性差別の正当化理由を説明できませんでした。正当化できる女性差別などはあってはならないことですから、当然です。昨年までの入試が明らかな得点操作によっての女性排除であったことは、今年度の医学部入試での合格者が男女同数か、大学によっては女性の方が多いという事実が証明しています。
 原告たちは、裁判としては自分の救済を求めていますが、提訴することに伴う様々な困難と葛藤しながら、最終的には、女性差別は自分だけの問題ではないという理解の下に、今日を迎えました。原告たちは、自分たちが受けたような差別がなくなることを願っています。自分たちの身に起きた不当なことを見過ごさずに声を上げることが、女性差別の再発防止の一助になると考えて原告になった人もいます。
 裁判所におかれましては、原告たちの正義――それは自分のためだけではありません――を求める気持ちをしっかりと受け止めて、それに応える裁判を行って下さることを求めます。

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日時:2019年6月22日(土)14:00~16:00(受付開始時間:13:30〜)
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