次回上野ゼミで、写真家長島有里枝さんの意欲作、『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林、2020年)の「著者と語る」書評セッションを実施します。

https://books.rakuten.co.jp/rb/16153075/

武蔵大学へ提出した修士論文をもとに単行本になったもの。本書の書評を上野が引き受けたことがご縁で、実現しました。当日は武蔵大学での長島さんの指導教員だった千田有紀さんや、写真評論家の笠原美智子さんもご登場の予定。案内は以下のとおり、ですが、残念ながら定員に達したのでしめ切りました。
11月9日Web上野ゼミ(オンライン開催)

以下は出版社の許可を得て、上野の書評を転載したものです。読む気をそそるでしょう?

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写真史のher story:長島有里枝『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』について

告発の書
 全編、怒りの書である。
 写真を含めた非言語アートは、結局言語によって定義されなければ歴史にならない。本書はタイトルに『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』とあるとおり、マンスプレイニング(男が上から目線でする説教)によって定義された写真史を、当事者の視点から語り直す試み、いわば写真史を書き換える挑戦である。
 この怒りはどこかで見た覚えがある、と思ったら、小谷真理の「テクスチュアル・ハラスメント」への告発を思い出した[長谷川2002]。SFも写真もジャンルとしては新しい領域、そこに参入してきた女たちが男からどんなめに遭わされるかの、克明な証言である。いや、それ以前に、文学や芸術、学術の世界でも、女の業績がどんなに不当に貶められてきたかを告発する声は、枚挙にいとまがない。ついに写真というジャンルにも、告発の書が出たというべきだろうか。しかもジェンダー研究の厚い蓄積と理論武装を伴って。本書は武蔵大学へ提出された修士論文をもとに書かれた。著者自身が論じられる対象の一部であるという点で、学術論文であると同時に当事者研究でもある。そして何よりも怒りと告発の書である。
 まえがきの一行目から、「当事者から異議を申し立てます」とある。異議申立ての宛先は、飯沢耕太郎をはじめとする写真批評および写真界の男性重鎮たち、そしてその尻馬にのった男性メディアとその男性ライターたち。そのなかで「ものわかりのよさそうな」「良心的な」男たちさえ、例外ではない。彼らのうち、著者の挑戦を受けて立つ者はいるだろうか?それとも卑怯未練にも、逃げ隠れするだけだろうか?本書で名指された者のうちの、誰かの書評を読んでみたい。
 本書の「執筆の動機」を著者はこう書く。
「なによりも若かったわたし自身と同輩の写真家たちが、自分たちの表現を不本意なかたちで批評されながらも、年齢も社会的権力もはるかに上の男性(と何人かの女性)たちに反論することができなかったあの苦々しい気持ちに整理をつけ、失った自尊心を当然あるべき状態にまで回復したいという思いから生まれた」[本書XI-XII]

「女の子写真」への反論
 「女の子写真」という用語を最初に使用したのは1996年スタジオ・ヴォイスに掲載された飯沢耕太郎[1996]のエッセイだった。それ以降この用語は手を変え品を変え、写真界の男性たちによって反復された。その共通点は、著者によればこうである。
「「女の子写真」の言説においては、“若さ”が“未熟さ”に、”セルフ・ポートレート”が“自己承認欲求”に、“フットワークの軽さ”が”「考え」のなさ”に、“夢の追求”が”「わがままで自分勝手」な態度”に、そして、”’七〇年代に生まれた”ことさえ、”「自閉的」に「ぬくぬくと」「甘え」て育った”(飯沢編著1996)ことへの証左へと読み変えられた」[本書190]
 そこには「もちあげもてはやす」という「逆説的な抑圧」[本書210]が作用している。というのも、「彼らがこぞって「女の子たち」を「魅惑の対象」に仕立て上げるのは、「男の世界」に土足で踏み込んできた彼女たち=”得体の知れないよそ者(エイリアン)”を怖れていることの裏返しなのではないか。彼女たちが「女の子」であるうちは「僕ら」の脅威にならないどころか、「僕ら」が”見いだし”、”チャンスを与え”、”育て上げた”ように見せかけて”所有”することが可能な存在だ。だからこそ「僕ら」は彼女たちを「女の子」と呼び、女の子であることを称賛し、「女の子」でありつづけることが唯一の力(パワー)であるかのような言説を生み出すのである。」[本書146]
 彼らは「女の子」をもてはやすが、「女の子」以外の存在であることを許さない。そして「女の子」が賞味期限つきの概念であることを脅迫のディスコースでくりかえす。
「まさに我慢のならないもの」とはむしろ、ホモソーシャルな写真界という「自閉的な空間でぬくぬくと育ってきた」男性写真家の「甘え」(飯沢編著1996:170)のほうではなかったか[本書171]と、著者の告発は痛烈である。
 「女の子写真」言説には偏見からくるいくつもの誤解が重なっている。それに著者はいちいち反論を加える。
 第一はインスタントカメラの普及が「女の子」の参入障壁を低くしたこと。著者は「女の子写真」家の大半がインスタントカメラの普及以前に写真家デビューしていることを証明する。
 第二に「女の子写真」の技術の未熟さやアマチュア性を強調すること。それが私写真の技法のひとつであることを疑いもしない。
 第三にアラーキーこと荒木経惟の影響を強調すること。実際には、彼女たちは写真界にデビューする前には荒木をほとんど知らなかった。
 1999年に、著者を含む蜷川実花、ヒロミックスの三人の「女の子写真家」が木村伊兵衛写真賞を同時受賞した。この受賞は「ガーリーフォトを快く思わなかった人びとを表向き黙らせた」[本書277]と著者はいう。これによって「女の子写真」は「一過性のブーム」ではなく、ひとつの「ムーブメント」になった。が、もしかしたら「三人同時受賞」という企みも、生き残りをかけた写真界の仕掛け人(男性)たちの狡知かもしれない。わたしは俵万智が登場したときの短歌界の重鎮(男性)たちの反応を思い出す。かれらは「サラダ短歌」の評価に困惑しながら、短歌界の延命を図るために俵のプロモーションに乗り出すことを選んだのだ。

男たちの「表現の自由」
 著者の批判の刃は、同時代の男性写真家たちへも向かう。「ヘアヌード」という奇妙な用語が「表現の自由」の賭け金として跳梁跋扈した時代。権力への闘争の姿勢を気取りながら、彼らが闘ったはずの「表現の自由」とは、客体化された女性身体を闘争の場としており、けっして男性のヘアでも性器でもなかったことがはっきり示される。
「ほとんどが男性であった「ヘアヌード」写真家のうち、自身の性器を用いてさらなる表現の自由を獲得するための“闘争”を続けるものは見当たらない。彼らは「他者」である女性の身体だけを、それに利用することを選んだのである」[本書325]
 わたしもかつて「表現の自由」論争をフォローしてみて、それが男性のあいだでの闘争、それも女性身体の露出度をどこまで高めるか、その女性身体に対する凌辱度をどこまで許容するかのマウンティングに終わっていることに、心底うんざりしたことを思い出した。著者の怒りはわたし自身のものだ。

女性による写真批評
 男性写真家たちのミソジニー的な言説実践が徹底的に批判される一方で、同時代の女性の批評家の言説がそれと対照される。林央子や島森路子のような女性の編集者による「女の子写真」に対する言及は、そもそも「女の子写真」というカテゴリー化を慎重に避けているばかりか、女性のエンパワメントという文脈で彼女たちの活躍をとらえる。「ヒロミックスが好き!」で時代の寵児になったヒロミックスも、その身近さで「わたしもヒロミックスになれる」「なりたい」という欲望を喚起する存在だったとされる。
 『「女性原理」と「写真」』[1984]で女性の写真批評の草分けだった宮迫千鶴の誤解を招きやすい「女性原理」論さえ、著者によってていねいに腑分けされて、ジェンダー本質主義の意図がなかったと救いだされる。念のために言っておくと、同時代に上野は「女性原理」派批判を展開したが、記憶の限り「女性原理」を最初に言いだしたのは男たちだった。その男たちのロジックを逆手にとって利用しようとした女性論者のひとりが宮迫だったが、その逆転勝負に勝利したかどうかはあやしい。というのも今日では「女性原理」という用語は、ほぼ死語になったからである。
 わたし自身も女性写真家のセルフポートレート論を書いている[上野1998]が、著者の目には触れなかったのか、それに言及されていない。わたしは長島に直接言及しているわけではないが、シンディ・シャーマンやパット・ブースらの女性写真家をとりあげて、彼女たちがカメラを手にして「視る主体」になったときに、なぜ男を「視られる客体」にやりかえすことをせずに、自らを視線の客体とするセルフ・ポートレートをとり続けたかという「謎」を解こうとした。
 答えは女性があまりに深く「自己の主体的な客体化」を内面化しているからだというものだったが、本書を読んでそれ以上の意味があることを理解した。長島を含めて彼女らのセルフ・ポートレートは、第一に、視る側と視られる側とが転換するという「”写真行為における性役割の攪乱”という効果[本書129]があっただけではない。そこにはたんなるセルフ・ポートレートを超えた逸脱的な表現、男性の視線によって客体化されることをあまりによく知悉している主体による自己パロディ化、いわばゲイのドラアグ・クイーン戦略ともいうべき挑戦があったことだ。女性写真家のセルフ・ポートレイトがステレオタイプな主婦やキャパ嬢、場合によってはレイプの後の被害者の像をなぞっていることを見逃してはならない。
 73年生まれの団塊ジュニアの世代に属する著者は、80年代に思春期を過ごした「ブルセラ」と「援交」の世代である。ルーズソックスを履いて繁華街へ行けば、かんたんに男たちが寄ってきて「キミ、いくら?」と声をかけた時代だ。自分の身体が男にとって商品価値があるということを、とことん学んだ彼女たちが、同時代の消費文化を呼吸しながら男の欲望を戯画化しようとしたことは、よく理解できる。
 著者によればこうだ。
「「ガーリーフォト」の担い手によるセルフ・ポートレイトは社会の”視線”に対するプロテストだったのであり、ヌードという写真表現に内包された暴力と性差別を問い直すフェミニズム的実践であった」[本書336]
 日本のフェミニズム写真批評の代表的な論者である笠原美智子にも、著者は言及していない。上野の写真論は笠原の慫慂を受けて書かれたものだ。その笠原の『ジェンダー写真論』[笠原2018](直球のタイトルである)に、一箇所だけ「女の子写真」への言及がある。「一九九〇年代の初めに出現した女性作家たちを「女の子写真」と呼んで恥じない、差別的でミソジニックな視線」に、笠原は「怒り」を感じていたと。だが、1991年から2017年までの期間をカバーした笠原の論じる女性写真家のなかに、長島やヒロミックスはついに一度も登場しない。この選択が笠原の評価なのだろうか。訊いてみたい。

ふたつのインターテクスチュアリティ
 写真史を書き換えるという本書の試みは、彼女たちの表現活動が何でなかったかを徹底的に論証するが、あれはいったい、何だったのかという問いに答えることに成功しているだろうか?
 それを著者は「ガーリーフォト」と命名しなおすことで、再定義する。それが著者の選んだ自己定義である。「ガーリーフォト」は直訳すれば「女の子らしい写真」、飯沢が名付けた「女の子写真」と変わるところがない。日本語をカタカナに置き換えただけの、冗談のような命名だが、この背景には九〇年代半ばに世界を席巻した「ガーリー文化」の影響がある。無力な存在の代名詞だった「ガール」を、自称詞にとりこむことで非定型なパワーに転換しようという攪乱の試みだった。それは「ビッチ」や「魔女」という差別用語を自ら引き受けて男性優位文化に挑戦しようとするリブの選択や、「変態」の代名詞だったクイアを自称詞にすることで、主流の異性愛文化を攪乱する性的マイノリティの試みと通底している。しかも「ガール」には成熟した女性の役割を拒否する含意がある。
 本書は、写真史を時間と空間というふたつのインターテクスチュアリティのもとで読み解く試みである。ひとつは写真史という通時的なインターテクスチュアリティ、もうひとつは同時代のポップカルチャーとのジャンル横断的な、共時的なインターテクスチュアリティである。
 どんな文化現象も、真空地帯には発生しない。飯沢のような業界人や写真専門誌は、写真という狭いジャンルのもとで通時的な系列を論じるが、写真界は写真界だけで他から隔離されているわけではない。表現者は同時代の隣接する他の文化ジャンルと相互に影響しあい、そこに身を浸し、栄養分を吸収し、それまでに見たこともない花を咲かせる。とりわけデジタル時代のネイティブたちは、写真から動画へ、CGやアニメへ、音楽と映像のコラボへと、ジャンルを軽々と越境する。事実、蜷川実花は、静止映像(写真)の世界から活動写真(映画)の世界へと才能を開花させた。わたしにはジャンルの越境がこれほど容易な時代に、写真という静止映像に自己表現を制約しつづける人たちの気が知れない。本書の著者、長島も、卓抜な言語表現力で『背中の記憶』をあらわし、日本エッセイストクラブ賞を受けた。マルチタレントの彼らは、もはや写真家というより表現者と呼ぶほかない存在であろう。彼らが生涯にわたって「写真家」というアイデンティティを維持するかどうかはわからない。写真表現は彼らの表現行為の一部にすぎないかもしれないからだ。
 写真家もまた、同時代を呼吸する。著者は「1990年代の女性写真家の潮流は同時代におこった、第三波フェミニズムとの関連性においてとらえ直すことができるはずである」[本書136]と再定義の試みに乗り出す。それというのも「「自己」や「自我」、あるいは「女の子写真」を、ジェンダーという変数を加えずにフェアに論じることはおそらく不可能だ」[本書241-2]からである。
 第三波フェミニズムとは、政治・社会運動としてよりもポップカルチャー・シーンでガーリー文化として花開いた。海外経験の豊かな女性写真家たちが、欧米を中心としたガーリー文化に影響を受けなかったとは考えにくい。そのガーリー文化は、「フェミニズムは終わった」と言われるほどに女性の進出をあたりまえにした第二波フェミニズムの成果を当然の果実のように享受し、むしろ前世代のフェミニストのPC(政治的正しさ)から距離を置こうとした、その後裔であった。
 著者が女性写真家の表現活動を「フェミニズムの系譜上に位置づけて語」る[本書369]試みは、同じ「女の子写真」家に属するヒロミックスの発言によっても裏づけられる。ヒロミックスは木村伊兵衛賞の「今回の三人受賞は、ウーマンリブの結果ということで。」[本書259]と発言する。
 だが、「ガーリーフォト」を第三波フェミニズムの系譜に位置づける著者の試みは、第三波フェミニズムが陥るのと同じディレンマに陥ることにならないだろうか。
 著者は「女の子写真」に反発してこういう。
「担い手が女性であることだけを根拠とした潮流やカテゴリーは、なんであれ解体すべきだったのではないか」[本書375]。
 そのためには「性別で写真家をくくり、旧来の”男性的な”写真作法との対比で「彼女たち」の写真行為に言及することをやめ」[本書278]ることが必要だと言うが、フェミニズムとは、たとえ本質主義を避けたとしても、「女性」というコレクティブ・アイデンティティに対する同一化がなければ成立しないものだ。著者の使う「ガーリー」という用語自体が、ジェンダー的なカテゴリーであることをまぬがれない。
 わたしはここで、多くの女性アーチストたちとのあいだで経験した葛藤を思い出す。彼女たちの多くは「女性アーチスト」というカテゴリーのもとに一括されることを拒否し、「女性とアート」展への出点をしばしば拒んだ。それだけではない。第三波フェミニズムは、構築主義のジェンダー論、ジュディス・バトラーの『ジェンダー・トラブル』[1990=1999]以後に登場しており、もはやナイーブな「女性」アイデンティティは成立しないことを前提にしていた。「ムーブメント」が「ムーブメント」であるためには、「女たち」と呼びうるようなつながりや連帯が必要だが、彼女たちにそれが無かった理由を、著者は次のように説明する。
「自分たちの活動を矮小化する「女の子写真」の言説に抵抗するため、自分が「女の子写真家」ではないことを強調しなければならなかった。女性同士の連帯を強める契機は、それによって失われたのである。」[本書365]
 メディアが媒介するコミュニティ(「ガールズ・ジン」や「ファン・コミュニティ」)もまた、第三波フェミニズムの特徴のひとつだった。「女性」という集合的カテゴリーを引き受けつつ、同時に個性的でも逸脱的でもあるありようを、第三波フェミニズムはつくりだせただろうか?

写真史のher story
 著者の「女の子写真」から「ガーリーフォト」への写真史の書き換えは成功しただろうか?これもまたひとつの言説による歴史の構築であるなら、それをも捏造と後になって難じる者が出てくるかもしれない。何より著者によって言及されている同時代の女性写真家たちが、著者の再定義に同意するだろうか?
 あれは何でなかったのか、だとしたらいったい何だったのか?の問いに著者は十分に答えているとは言いがたい。著者が主として分析の対象としたのは同時代の男性写真家や男性主導の写真誌による言説集合である。だが同時代を生きて呼吸している当事者たちがいるなら、なぜ彼女たちに、彼女たち自身のことばで自分を語ってもらわなかったのか(そのためのインタビューをしなかったのか)がわたしには不満である。もはや若くない同世代の女性写真家たちは、そしてヒロミックスは、その後も活動を続けている藤岡亜弥や澤田知子は、著者の再定義に同意するだろうか?かんたんである。行って、訊いてみればよい。彼女たちのあいだに、相互の影響や連帯はあったのか?あったとしたらそれはどんな効果を持ったのか?なかったとしたら、なぜ?
 すべての歴史と同じく、写真史はなんどでも書き直される必要があるだろう。当事者の証言によって。当事者の事後的な再定義によって。そして後から来た者の追体験や簒奪によって。  本書が男仕立ての写真史をひっくりかえす試みなら、裏返された歴史がいったいなんであったのか、写真史のher storyがもうひとつのヴァージョンとして書かれなければならない。本書がそのための序章であることを期待しよう。

さいごに
 カバーを外して、息を呑んだ。まっしろの装幀には、口を歪めた不敵なセルフ・ポートレイトのイラストのほかは、表紙にも背にも題名が書かれてなかったからである。そのことは、誰からも名付けられることを拒否する、という作者の強烈なメッセージと読めた。表現者はこうでなくてはならない。


参考文献
飯沢耕太郎1996「少女環境と写真の現在」『スタジオ・ボイス』1996年3月号、INFAS
飯沢耕太郎編著1996『シャッター&ラブ Girls are dancin' on in Tokyo』INFAS
上野千鶴子1998『発情装置 エロスのシナリオ』筑摩書房/新版2015岩波現代文庫
笠原美智子2018『ジェンダー写真論 1991-2017』里山社
長谷川清美2002『叩かれる女たち―テクスチュアル・ハラスメントとは何か』廣済堂出版
Butler, Judith, 1991, Gender Trouble: Feminism and the Subversion of Identity. Raoutledge, Chapman & Hall Inc. =1999竹村和子訳『ジェンダー・トラブル フェミニズムとアイデンティティの攪乱』青土社
宮迫千鶴1984『「女性原理」と「写真」』国文社

出典:『新潮』2020年7月号(版元の許可を得て転載)