ゴードン美枝 プロフィール

 ボストンにある自閉症児の療育学校でファンドレーザーとして勤務。大学生のころ、米国留学。シモンズ大学大学院でソーシャルワーク専攻。卒業後、デユーク大学病院小児精神科の入院病棟で家族治療に携わる。その後、80年代の終わり日本企業がアメリカで勢力を増した時、わたしも時代の波に乗って、ビジネスの世界にキャリア転向。
 まずは、ビジネススクールで勉強のやり直しをしてMBA(ビジネス修士号)を取得。すでに30才後半でしたが、女というジェンダーギャップはあまり問題なく、日米間で就職にも恵まれました。1990年初めからボストンと東京の往復の生活を送り、外資系のハイテック産業で大分働きました。しかし激務に耐え兼ねて、仕事とファミリーのバランスが大切だと決心。福祉と教育の分野に戻りました。

 
 わたしは、3才の孫息子の世話をするのに娘家族が住むフロリダを度々訪れる。去年の11月にも寒い冬のボストンを離れて、太陽がさんさんと照るマイアミで過ごした。その折に、娘に誘われて若い母親が集まる夜の集会に出てみた。

 郊外にある瀟洒な家に20人ほどのママたちが夜7時から集まっていた。集会の名称は、“Moms Demand Action (母親は立ち上がる)”。
  2011年にコネチカット州の小学校に一人の銃を持った男が構内に侵入し、27名の6才と7才児を集団殺害した事件が起きた。その惨事をきっかけに、ある母親が声を上げ、“銃から子どもを守ろう”と自ら訴え、草の根運動を起こした。

 彼女の訴えに賛同する女性たちは、たちまちこの運動を全米に広げ、今では1千万人の支持者が登録されているそうだ。事件当時“もっと厳しい銃規制”をと議会が訴えたにも拘わらず、そして大勢の子どもたちが学校で一瞬に命を失ったにもかかわらず、当時アメリカの議会は反対勢力(National Rifle Association全米ライフル協会、銃保持者と銃製造会社)に押されて、さらに厳しい銃規制の法律は通過しなかった。

 そういった政治環境にうんざりした母親たちは、子どもたちを自らが守らねばならない、と大きな運動を起こしたのである。

子どもたちの命が危ない! 子どもたちを銃から守ろう!
 米国では、2022年の銃による死亡者数は48、000人を超えた(CDCの発表)。因みに、日本では同年10人にも及ばない。2020年から米国の銃による犯罪件数は年々増加の傾向を見せており、昨年はこの国の歴史上最悪の年であった。特に、被害者の中に子どもが多く、この傾向も年々増えている。18才以下の子どもの死因は、なんと交通事故や病死を越えて、銃によって殺されるケースが上回った。

 このような拳銃による悲劇は、子どもたちが通う学校やスーパーマーケットで起きたり、住まいの近くで起きたりしている。例えば、2022年テキサスの小学校に18歳の男が侵入し、19人の小学生と2人の職員を一斉に射殺。このように一度に何人も(4人以上)殺害するケースはMass Murder(集団殺害)と呼ばれ、最近はこの規模の事件が年間600件以上も起きている。

 いつ、どこで、銃を持つ人物が発砲するか予測できないのだ。銃による被害と悲劇はアメリカが抱える大きな問題であり、年々深刻化している。そして、パンデミックがさらに拍車をかけて事態を悪化させてしまった。昨年から今年に入って次々に起きた銃による殺害事件は、とめどを知らずバイデン大統領もスピーチの中で嘆き、その残虐性に対処法を失っているかのようだ。
 このような暗い現実は、日本であまり詳しく知られていないように見受ける。日本人の想像を絶するような簡便さと規模で市民が銃を手に入れ、銃の暴力はアメリカ国内に広がっているのだ。

 最近アメリカの空港で氣付いたことがある。“銃を機内に持ち込むな!”というサイン。 わたしは、正月休暇でボストンからフロリダのマイアミ空港に飛んだ時、ボストン空港内にあるSecurity Check Pointで大きなポスターに気が付いた。

“ここからここから先は、手荷物に銃を持ち込むことを禁じる。罰金$14,950”

 
 その後、マイアミ空港でも同じような銃の持ち込みを禁じるポスターが大きく貼られていた。公的な場で、なぜ、こんなに常識的なメッセージをあえて言わねばならないのか?
 確か、2020年ごろまではこんな張り紙を見たことがない。一体何が起きているのだろうか? 

 そこで、TSA(Transportation Security Authority )の最新情報を調べたところ、アメリカ国内にある空港では2010年から毎年、違法であると知りながら、銃を機内に持ち込む乗客が増え続けていて、昨年6301件数がTSAにより没収されたと分かった。しかも、その中の88%が銃弾入りで見つかったと報告されている。(写真を参照) 

 これほど身近なところで、乗客は銃による危険性にさらされているのだ! 
 2011年9月11日ニューヨークでテロリストが世界貿易ビルを爆撃したが、 “銃を機内に持ち込むな!”という空港のポスターは、外国テロリスト向けではない。自国のアメリカ人に注意を促しているのだ。罰金も150万円と高い。( 注:チェックインされたスーツケースの中に銃弾抜きの銃を運ぶことは違法ではないので、実際は飛行機で銃を運ぶ乗客は数えきれないほどいることが報告されている。)
 このように、空港内でも銃の取り締まりは年々増えている。


◆学校は安全な学びの場所なのか? 
 米国では、“火災予防訓練”と同じように“銃から身を守る訓練”が学校で行われている! アメリカの小学校や高校の構内で銃による集団殺害が起き始めて以来、全米の学校が立ち上がり治安対策に取り組み始めた。

 実際、私が勤務していたボストン東スクールでも行われ、職員の一人として私もトレーニングに参加した。当校は自閉症児を教育する特殊学校であり、160名の自閉症児が幼稚園から22才になるまで在籍している。有事の場合、彼らを安全な場所へ誘導することは並大抵のことではない。まず、言語障害児が7割以上いて、通常の言葉が通じない。また、平常時でも彼らは 日程やプログラムに変化が起きることを大変嫌がり、大きな変化があるとパニックを起こす。

 校内には職員以外誰も入れない規則は、元からあった。また、すべての教室には鍵が平素からかけられているが、この訓練では、さらに侵入者に対して2重の防衛がはられ、私のような教師でない職員は、新しくマスターキーを貰い、廊下を歩いていて危険な人物に出会いそうな時、近くの教室のドアをあけて中で隠れるようにと指示された。

◆拳銃の保管の仕方が大問題になっている!
 わたしがフロリダで出会った“Moms Demand Action“の集会では、若い母親たちが真剣な顔つきで、銃を持つ家庭に子どもが遊びに行った時にどうしたらいいのか、について議論をしていた。”銃を持つ家庭がある“ことを前提に議論をしているのだ。そしてさらに、銃規制が必要と叫ぶと、反対派が真っ向から押して来るので、妥協案として銃の安全な保管・管理の仕方を訴える議論を展開している。

 これには、私は正直びっくりした。アメリカでは、銃を持ちたい者にはその権利が憲法(第2条)で保障されていると言われている。銃を規制しようと運動を起こすと、彼らから猛反対が沸き起こり、自分たちの目標は打倒されてしまう。そこで、妥協案として銃を持つことは否定しないが、その安全性を確保してほしい、そのためには家庭で安全に保管する方法などの情報をもっと地域の人に浸透させる、というのがこの集会の目的だと分かった。

 子どもの手の届かない場所に銃を保管する、鍵をかける、すぐ射撃できることを避けるために銃弾は入れておかない、などは基本的な約束だ。子どもの遊び相手の家でこのようなチェックリストを問うと聞いて、再度びっくり。この背景には、親が持っている拳銃を家から盗んで(小さい子どもですら)人を殺す事件が頻繁に起きているなど、銃の管理が悪いことが一因という状況があるのだ。

 前記したコネチカットで起きた射撃事件では、男は母親から銃を盗み、その母親を殺してから自分が元働いていた職場(小学校)に侵入して大惨事を起こしている。彼の動機は判明せぬまま自死してしまった。
 さらには、2023年が始まるやいなや、テキサスで6歳の男の子が小学校の先生を銃で撃って重傷を負わせた事件が起きた。この場合も、母親が法律に準じて買った拳銃を子どもが自宅から盗み、自分の教師を狙い撃ちしたと報道された。

 このような衝撃的な事件を聞くと、Moms Demand Actionが訴える、家庭で銃が安全に保管されることは、銃保持者の責任であり極めて重要な課題であることがよく分かる。

◆”銃から身を守る訓練”を受けていた高校でも事件は起きた
 ボストン東スクールでわたしが受けた訓練と同じような実習訓練を受けていたミゾーリ州の高校で、実際に事件が起きてしまった。

 ある月曜の朝、数学の授業中に教師がピストルの音を聞いた。なんの音だかわからないうちに、校内放送が聞こえて来て、“マイルズ・デイブスが構内にいる”と短く説明。
 (マイルズ・デイビスはジャズ界の大物で誰もが知っている)これは教師の間で共有されていた合言葉であり、“危険人物が校内に侵入した”という合図であった。
 これを聞いた教師はすぐ教室に鍵をかけ、生徒たちを机の下や物置小屋、さらに駐車場など安全な場所に誘導したと報告されている。その素早い行動のおかげで大惨事にはならずにすんだが、それでも2人の命が奪われてしまった。

◆“アメリカは銃の超大国”という恥ずべき事実
 去年のニューヨークタイムズの記事によると、アメリカには登録されているだけでも3億9千3百万丁の銃が存在する。これは、世界中のどの国と比べてもダントツに多い。それと比べると、欧州やアジアのどの国も、限りなく少ないといえるほどだ。

 銃が誰の手にも簡単に届くところにあるということは、銃による事件がそれだけ起きやすいことにつながる。米国で毎年起きる犯罪は、銃を使ったケースがより多いので致死率が高いのだ。さらに、銃の数が多いと、先述の子どもによる事件や、相手に怒りを抱いている場合、銃が身近にあったばかりに殺害に至ってしまうなど、惨事の規模が著しく大きくなる。

 誰が銃を隠し持っているか、という問いは、登録されていない銃の数が限りなくある米国では測り知れない。そして、銃を法的に買えない未成年者が盗んだり、また違法に買えることはよく知られている。戦場でしか必要でないと思われるスナイパーライフルなどを、一般の市民がなぜ簡単に買えるのだろうか?
 
 そして銃を製造し、高利益をあげている米国の大企業があるということも事実だ。皮肉なことに、大きな銃事件が起きると米国では銃を買う人が殺到する。なぜなのか? それは、大半の国民感情が揺れて銃規制の方向に移ることを危ぶんでいる銃のサポーターが、買い占めに走るからだそうだ。

 新年は幕を開けたばかりだが、米国の銃による暴力は下火になりそうにない。ボストンに住んでんでいるわたしたちは、この重い事実にどう対応すべきなのか、避けては通れない難題を抱えている。