加賀谷真澄(かがや ますみ)プロフィール
 
秋田県出身。准教授として英語と文学を教える日々を過ごすうち、もう一度勉強したいという思いが高まり、アメリカ留学を決意。かつて研究留学を過ごした地、ボストンのシモンズ大学へ応募、2023年1月より留学を果たす。現在、再び学生として大学へ通う毎日を送る。専門は比較文学・文化研究。ここ数年は、明治・大正期の渡米ブームについて、その背景を調べている。 


ご挨拶
皆様はじめまして。加賀谷真澄と申します。秋田県の大学で教員をしておりましたが、そこを退職し、2023年の1月からシモンズ大学で学んでおります。所属先の入学時の面談では、スザンヌ・レオナード先生から河野貴代美さんを紹介して頂き、そのご縁で「ボストン便り」への投稿をお誘い頂きました。

アラフィフ大学院生なので少々新鮮さに欠けるかもしれませんが、シモンズ大学や学生生活の報告を懐かしく感じる方もいらっしゃるかも?と思い、大学の様子や自分の奮闘・苦闘を皆様にお伝えできればと思っております。

私の専門は文学研究ですが、シモンズ大学ではジェンダー学を勉強しております。再び大学に入学した理由は一言では説明しきれないのですが、あえて表現するなら「自分の学びの時間が欲しかった」ということになると思います。

昔の女子留学生を知りたくて
2018年のことになりますが、勤務先から研究休暇をもらい、ボストン大学に7ヶ月間留学しました。その時は時間が足りず、課題をやり残したという気持ちを抱いたまま帰国しました。いつかまたボストンで研究をしたい…と思った時、もう一度大学院に入学しようか?という考えが浮かびました。私の研究テーマは、「明治・大正期にアメリカ留学をした女性たちの実態研究」だったので、文学研究とは異なる方法論を学び、異なる分野の専門家から意見をもらいながら調査を進め、彼女たちの実像を明らかにしたいと思うようになったのです。

ボストンには、1900年代のごく早い時期から、日本人女性たちが留学しています。そしてその内の何人かがシモンズカレッジ(注1)に留学しているのですが、その中でも平野智恵子(1878-1939)という人が後世に残る業績を残しています。彼女はシモンズカレッジを1915年に卒業後、ボストン美術館東洋部助手として働き、浮世絵の研究書を日米で出版しています。とても優秀なうえにアクティブな人で、日本文化の普及に尽力し、地域の新聞にも度々彼女の名前が取り上げられています。

シモンズカレッジの学籍簿には、平野と同じ時期に日本人女性の名前が複数記載されていますが、彼女たちがどのような思いで渡米し、どのような学生生活を送ったのかということに、とても興味をひかれています。 

そういうわけで、シモンズ大学には「1900年代初頭の日本人女子留学生の足跡を調査し、文学研究のアプローチと(この時期の日本文学には、海外雄飛する男性と配偶者がよく登場します)、文化人類学、そして女性の高等教育という視点から研究したい」と熱く語った研究計画書を提出し、奨学金付きの入学許可をもらうことが叶いました。

大学の中庭を闊歩するカナダ雁

 
現在、在籍しているのはマスターコースですが、できればこの後ドクターコースへと進みたいと思っています。資金の問題や、高齢の両親がいるので、すんなり行けるか分かりませんが、どこかの時点で自分の研究を本にまとめ、アメリカと日本で発表したいと思っています。

大きな夢を描いてあとは突き進むだけ…だと良いのですが、ここまで来るのに周囲を説得する必要がありましたし、心配事もゼロではありません。勤務していた大学を退職する際、せっかく獲得したポジションを手放すなんてと反対する声が多かったですし、あなたの歳で辞めたら次のキャリアは無いよ、と言う人もいました。

でも、今後について全くのノープランで来たわけではなく、私にできる仕事はきっとあるはずと考えています。時間と資金が許す限り、挑戦し続けたいのです。今、日本でも有名人の学び直しが話題になっていますが、それがごく普通のことになれば良いと願っています。目標があるなら、そして気力・体力があるならば、年齢で自分を制限せず、チャレンジすべきだと思います。そう信じて自分を奮い立たせておりましたが、それが確信に変わる出会いがありました。そう、河野貴代美さんとの出会いです。

面談で「キヨミに連絡を取りなさい」と言われ
大学院の入学時面談で河野さんを紹介されたことを先に述べました。
あなたの前に在籍していたキヨミという日本人がいる。名のある人だから、彼女に助言をもらいなさい」と言われて連絡をとってみたところ、それが河野貴代美さんだったのです。

そう言ってくださったのは、河野さんの入学許可を出されたスザンヌ・レオナード先生で、「河野貴代美のボストン留学便り」でも紹介されています。(https://wan.or.jp/article/show/9828#gsc.tab=0)

この時に大先輩とつながることができて本当に幸運でした。まさに私が憧れる生き方をされている方です。貴代美さんと直接話して勇気づけられ、さらにそこから「ボストン便り」の皆様へとつないでいただき、本当に感謝しています。皆様の「お便り」を読むと、ポジティブなエネルギーが伝わってきて、元気づけられるのです。
 
また、生活の立ち上げではゴーシュ晶子さん(https://wan.or.jp/article/show/10069#gsc.tab=0)にお世話になりましたが、この時も河野さんからのご紹介でした。渡米直前まで仕事をしていたので、住む場所も決まっていない状態でしたが、すぐに対応して下さりスムーズに新生活に入ることができました。一緒に買い物に行ったり、おしゃべりをしたりした時間がとても楽しかったです。 

英語がわからない!
1月にこちらへ来てからずっと、息つく暇もないほどの忙しさでした。これから本格的な夏を迎え、少し休みたいところですが、「英語の勉強は継続しなくちゃ」と思っています。

ドミニカからの移民でいつも課題を助けてくれたカーラ

なにしろ授業の英語がわからないのです。大学で英語を教えていたというのに。ネイティブのスピードが早すぎる…。私が課題を読むスピードはアメリカ人学生の3倍、レポートを書くのは5倍、授業のディスカッションで言葉が口から出てくるまでにかかる時間は10倍以上という感じでしょうか。
 
 でもとにかく授業では発言しなければいけないので、先生が質問を投げかけたらすぐに手を挙げ、議論が複雑化する前に自分の意見を言ってしまいます。情けないですが、早口で行われる議論の応酬にはとてもついていけません。来学期にはマシになると良いのですが。しかし、明らかに英語力が不足している私に対して、先生たちは寛容で、拙い表現で意見を述べても褒めてくれるので励みになります。

 


ボストンに来て、河野貴代美さんからゴーシュ晶子さん(https://wan.or.jp/article/show/10069#gsc.tab=0)、そして「ボストン便り」の皆様へとつなげて頂き、素晴らしい出会いに感謝しています。皆様のライフヒストリーとチャレンジを知り、「こうすべきでは?」という迷いや思い込みから解放され、励まされる思いです。私も同じように、自分の奮闘をお伝えすることで、他の方にお返しをできればと願っております。

(注1)シモンズカレッジ(Simmons College)は、2018年の改組でSimmons University に名称が変わりました。本稿では2018年以前をシモンズカレッジ、以降をシモンズ大と記載しています。