11月29日、WAN終身会員交流会を兼ね、一般会員にも参加を呼び掛けたZOOMによるオンラインセミナー「理不尽な相続制度に「はて?」~私たちの意思を行使する遺贈の可能性〜」が開かれた。事前申し込みした全員の参加はなかったが、関係者含め35人が自分ごととして考える中で現行の相続制度の問題点をあらためて認識し、それぞれの相続について考える機会となった。
冒頭の趣旨説明では、WAN「遺贈」チームのメンバーの一人で副理事長の中谷文美さんが「夫婦とその子という、標準的・典型的とされてきた家族を前提に制度は組み立てられているが、現実の人生選択は多様になってきている。女性たちが自分自身の働きの結果として積み上げてきたいくばくかの資産(それが具体的にどのような金額であっても)を次世代に役立てたいという気持ちにつなげる。そのストーリー自体を大事にして、エンパワメントを実現する可能性を探りたい」と話した。
登壇者は3人。40代から自筆遺言証書を書いて数年に1回書き直しているという上野千鶴子理事長は、相続についての自身の現在地を報告。ゲストで税理士の廣川桐子さん(あべの会計事務所)は、おひとりさまやセクシュアルマイノリティの税務相談をしてきた中で感じている疑問を具体例を交えて紹介。WAN基金運営委員会委員長の弁護士の養父知美さん(とも法律事務所)は、遺言書がない場合の法定相続について説明した後、遺言の書き方などを指南した=詳報は別項。
トークの後は、6つのグループに分かれて話し合い、それを全体セッションで共有。参加者の一人で上野さんの著書「おひとりさまの最期」(2015年、朝日新聞出版)でも紹介されている三国浩晃さんから、成年後見の任意後見を受ける意義(事実婚パートナーや同性パートナーはお互いの任意後見受任者にもなれる!)なども聞いて、実り多いセミナーとなった。(報告:大田季子)
理事長メッセージ「おひとりさまの上野千鶴子が悩んで考えたこと」
コロナ前の2019年にこのテーマで話した後、上野さんは一つの選択をした。親を見送り、子どもがいない私は、親族にお金を遺すつもりはない。では、どうするか?
個人信託という制度があると教わった金融機関の人に言われた「個人は死にますが、法人は死にません」。この決めゼリフにグッときたが、コストが高い。公正証書遺言は面倒くさいし、お金もかかる。それで自筆証書遺言を書いて、弁護士事務所に預けた。弁護士は個人だが、事務所は法人なので死なない。自分が死んだら家裁で検認してもらい、指名した遺言執行人に執行してもらい、その人に報酬も差し上げる。これが一番簡単だとわかり、そうした。
お金の使い道についても調べた。自分自身で法人をつくることもできる。株式会社は1円からつくれるし、NPO法人もつくれるが、NPO法人には理事が必要。WANは税務上の寄付金控除ができる認定NPO法人だが、認定を取るのは大変だった。かつては基本財産が4億円ないとできなかった財団法人は、ハードルが下がって300万円でできる。寄付控除ができる公益社団法人の認定を取るのは大変だが、一般社団法人、財団法人をつくるのは簡単。
でも、亡くなった後に法人が遺されたら理事や評議員は大変なので、寄付をすることを考えた。税額控除があるような認定NPO法人や公益財団法人に寄付すれば、寄付をもとに、寄付者の名前を付けた基金の運用をしてくれる。中間支援団体もたくさんできている。公的な機関が引き継げば継続性はあるが、原資を使い切ってやめてもいい。期間限定、賞味期限付きの基金をつくる動きも出てきている。
「死亡時ゼロ作戦」という言葉も聞くようになったが、不安要因は「あとどれだけ生きるか?」。介護の研究をしてきたので、そんなにべらぼうなお金はいらないと考えている。そこで私は、大切な友人だった竹村和子さんのフェミニズム基金が終了する2023年に「上野千鶴子基金」をつくった。すでにスタートしているので、詳しい活動はホームページを見てほしい。
「上野千鶴子基金」ホームページ https://uenofoundation.com/
相続税制に「はて?」 廣川桐子さん(税理士・あべの会計事務所)
廣川さんは遺言書があっても、思いどおりの相続にならなかった3つの事例を紹介し、相続税法への「はて?」をまとめた。
〇事例1:おひとりさまAさん(70歳の開業医)の遺贈=自宅の引き出しに置いていた自筆証書遺言「X大学(出身大学)に寄付する」の部分に二重線が引かれ、「山中伸弥教授の所属する京都大学のIPS細胞研究所に寄付する」に書き換えられていたが、家庭裁判所の検認で変更部分が無効とされた。日付や署名、押印がなかったためと思われる。また最近、自筆遺言証書の家裁の検認に時間がかかる傾向があり、遺産分割協議が期限内にまとまらないケースが多い。相続税の申告期限は亡くなった日の翌日から10カ月で、申告期限内にしか適用できない特例も少なからずあるので、注意が必要だ。
〇事例2:伯父(独身・子なし)から受けた莫大な遺贈=父の兄から土地と預金など多額の財産を相続したが、本人も両親も裕福でお金に不自由していない。自分が築いたわけではない棚ボタの資産を子どもに遺すことはよくないと思うので、伯父の遺産まで自分の子に遺すのに抵抗がある。→相続財産の一部を伯父の墓地のあるお寺が経営するY社会福祉法人(保育園)に寄付し、相続税の税額控除を受けた。
〇事例3:養子縁組したゲイカップルの相続=20年以上生活をともにしていた同性パートナーが互いの両親の死後、養子縁組をした。年長者が養親A、年下の人が養子Bとなったが、10歳以上若かったBがコロナで先に亡くなった。実業家で両親から受け継いだ金融資産もあったBの遺産を、Aが引き継ぐことになったが、相続税の申告の際に男女のパートナーであれば本来使えるはずの配偶者控除は使えなかった。AはBの家の財産を引き継ぐことには抵抗があり、Bの弟に生前贈与したいと話している。
まとめ:相続税や贈与税は、法律婚や血縁者が優遇されて、配偶者や子、親族がいることを前提とした制度。独身者や事実婚、同性カップル、子のいない夫婦など、国が想定する家族像(かつての家制度)を基盤としたような形にあてはまらない人は、相続税の特例(配偶者控除など)の恩恵を受けることができない。具体的には
1. 贈与税
(1)婚姻期間が20年以上の法律婚の配偶者に対して、居住用不動産を贈与した場合、土地の相続税評価額から2千万円の控除が受けられる。
(2)法律婚夫婦の直系卑属(子、孫)に贈与をした場合には特例税率があり、税率が低い。
2. 相続税
(1)配偶者の税額控除
1億6千万円までの財産または法定相続分のいずれか少ない金額までは相続税がかからない。
※相続人が被相続人(亡くなった人)の1親等の血族、配偶者以外の血族(きょうだいや甥、姪)だった場合は相続税額に2割が加算される。他人の場合も、2割が加算される。事実婚カップルでは遺言があった場合もパートナーは2割加算される。
(2)小規模宅地の特例
同居している親族、事業を承継する親族、持ち家のない子などが不動産(土地)を相続した場合には、特例を受けられる。対象者が「親族」に限定されるため、事実婚パートナーや同性カップル適用外。
3. 遺族年金は相続税も所得税も非課税
4. 法定相続人がいない「おひとりさま」の財産は遺言がなければ、国庫帰属財産となる。国庫に入るぐらいなら、自分が応援したい団体や基金に寄付をしたいという気持ちは多くの人が持っているはず。
遺贈を行うことの意味と実際 養父知美(WAN理事・弁護士/とも法律事務所)
WAN基金運営委員会の委員長をしている養父さんは、まず、民法に規定された法定相続について説明した。法定相続は、遺言書がない場合に適用される。
戦前は、旧民法のもと、家制度、家督相続であり、長男が家の財産を丸ごと相続していた。戦後、日本国憲法のもと家制度が廃止され民法が改正され、男女平等、兄弟姉妹も平等の均等相続となった。
配偶者がいる時、配偶者と子がいる時、子がなくて配偶者と親がいる時、親も子もなく配偶者と兄弟姉妹がいる時のそれぞれについて、法定相続人と相続分について説明した。いずれも法律婚の配偶者に限るので、事実婚や同性カップルでは認められない。親子も法律上の親子に限るので、婚外子の場合は認知しないと父子関係が認められず、相続人となれない。
法律では相続人と相続分は決められているが、どう分けるかは決められていないため、遺産分割協議が必要となる。また、相続人全員で決めれば、相続分も変更可能である。そのため、戦前の家制度の下で行われていた家督相続の意識が未だに根強く残っていることもあって、「争族」となることも多い。
遺言書をつくるメリットは、意中の人(団体)に渡せることだ。一番簡単で確実なのは「生前贈与」だが、贈与税は相続税に比べてすごく高い。「遺贈」の場合は相続税の中で計算されるので、相続税と同じ税率になる。遺贈に加えて、相続人に頼んでおくことも大事だ。
特に本来の法定相続分よりも誰かに多めに上げたり、遺贈したりする場合は、なぜそうするのかということを書いておくと、他の人たちに納得がいく。相続の権利を侵害された相続人が遺留分を主張するのを防ぐためにも、説明的なことをきちんと書いておくとよい。
〇自筆証書遺言
自筆で遺言書全部を書き、作成した日付と署名も書いてハンコを押す。遺言書は一番新しいものが有効になるので、日付が大事。財産目録はパソコンで作成してもいいが、1枚1枚裏表も全部、署名押印が必要だ。変更する場合も、その方法が細かく規定されている。自筆証書遺言は、こういった形式的要件を充たしていないと無効になってしまうリスクがあるので、注意が必要。
財産目録は対象となる財産を特定する必要があるが、銀行名・支店名・口座番号がわかれば、金額までは不要。逆に、特定できれば、口座番号や支店名、銀行名さえ不要な場合もある(例えば、その銀行に口座が一つしかない場合、すべての預金を一人に遺贈する場合など)。しかし、口座番号なども、できるだけ書いておくことが望ましい。どこに、どんな口座があるか分からず、探すのに苦労することになる。特に、ネットバンキングは暗証番号がわからないと調べようがなくなるので注意してほしい。
先ほど廣川さんが紹介した変更部分が無効になった例は「加除その他の変更の場合は、変更した場所を指示して、変更した旨を付記して署名し、変更場所にハンコを押さなければならない」というルールに則っていなかったからだろう。
〇自筆証書遺言保管制度
2020年にできた、法務局で自筆証書遺言を預かってくれる制度。手数料は1件あたり3,900円。形式的要件を満たしているかも一応チェックしてくれる。相続開始時に、戸籍担当部局から遺言書保管所に連絡が入り、遺言書保管所から予め指定していた相続人等(遺贈者を含む)に死亡の事実と遺言書を保管していることを連絡してくれるので、使える制度だと思う。
〇公正証書遺言
遺言者が公証人と証人2人の前で遺言内容を伝え、公証人がその内容に従った遺言書を作成し、保管もしてくれる。公証人が直接遺言者の顔を見て内容を確認するので信用性が高く検認も不要で、相続争いを未然に防げる。難点は費用が掛かること。目安は数万円から十数万円、大抵20万円ぐらいまでで納まるが、書き直すたびに同じぐらいの金額がかかる。
*認定NPO法人WANには、終身会員制度があります。今回のセミナーは、年に一度行われている終身会員向けの交流会の一環として企画されました。WANの会員制度に関心のある方はこちらをご覧ください。
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