エッセイ

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早春の日本海(旅は道草・50) やぎ みね

2014.03.20 Thu

 寒の戻りの春三月、お水取りの季節は、いつも雪が舞う。
 京都から北近畿へ、日本海の海を見に車で出かけた。
 天の橋立まで2時間は近い。そこまではいい。よく晴れていた空が、にわかに雪雲になってきた。

 丹後半島を横断。残雪の山々を超え、七曲がりの険しい峠をこわごわと走る。車一台、出会わない。峠を超え、ホッとしたと思うとまた峠にさしかかる。木陰からチラッと子鹿が顔を出した。

 ドキドキしてハンドルを握る娘とハラハラする私と。隣はすやすや眠る年寄りと子どもと。まあ、のんきで、いいなあ。

  海が見えてきた。切り立った断崖をうねうねとカーブする海岸線をさらに走る。片道250キロ。目的地の竹野海岸の宿に、ようやく着いた。

nihonkai 早春の日本海が目の前に広がる。深い色の海に白い荒波が立っている。

 このあたりの海岸には時折、朝鮮半島や中国大陸、遠くはロシアから漂着物が流れ着くという。
 昔々、どれだけ多くの渡来人が海の向こうからやってきたことか。優れた文化や技術を携えて。
 山陰地方の方言には朝鮮語の名残があるとの話も聞いたことがある。

 そして戦後、外地から引揚船が日本海の荒波を超えて舞鶴港に帰ってきた。

 敗戦間際に北京で生まれた私は、たまたま母の病気で戦争がまだ続いているうちに帰国したが、もしあのまま現地に残っていたら、戦後の混乱期、きっと引揚げの苦労をしたことだろう。もしかしたら中国残留孤児になっていたかもしれない。
 そうやってみんな生き延びてきた。昔の人は、ほんとにえらいなあ。

 NHK朝ドラ「ごちそうさん」、森下佳子のシナリオがうまい。戦中・戦後を生き抜く、ふつうの人々を描いている。焼け跡ヤミ市。食べるものがない日々。そして子を亡くした親と、親を亡くした子と。

 小さい頃、NHKラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の「とんがり帽子」の歌をよく歌っていた。

「緑の丘の赤い屋根。とんがり帽子の時計台。鐘が鳴りますキンコンカーン。めーめー子ヤギもなーいてます」。そして3番は「父さん、母さんいないけど、丘のあの窓、おいらの家よ」。あれは戦争で孤児になった子どもたちの話だったことを、のちに知った。

 「北部戦線○○方面、○○部隊。○○の消息をご存じの方はお知らせください」と復員兵、引揚者、シベリア抑留の人たちを探すラジオ番組「尋ね人の時間」も、戦後しばらく続いていた。

 3歳の頃かな? 母につれられ歩いていて、アメリカの進駐軍のMPにひょいと抱き上げられたことを覚えている。その頃には珍しく、よく太った子どもだったからかもしれない。芋羊羹しか食べていなかったんだけど。

  昭和25年、朝鮮戦争が始まった。小学校の校庭で毎朝、一列に並ばされ、頭からDDTの粉を振りかけられた。シラミ防止のために。粉を振るたび缶の蓋がペコペコと鳴る音を聞きながら。

 宿で一緒に「ごちそうさん」を見ていた母が、ポツリと言った。「もうどんなことがあっても、戦争は、したらいかんねぇ」。

 帰り道は城崎マリンワールドで遊び、円山川沿いに八鹿から和田山を通って福知山へ。晴れたかと思うとまた雪が降りしきる道をゆく。京都に着くと北山のあたりは、すっかり雪空になっていた。

 この時期、九州の母と叔母が住む古い家は、ことのほか寒い。「京都に避寒においで」と、ちょっと長めの滞在をしてもらった。おかげで裁縫やお料理を、いろいろ手伝ってもらう。

  孫の幼稚園の手提げ袋に母がアップリケをしてくれた。上手にできたが、仕上げると、もうすっかり、そのことを忘れてしまっている。
 つくってくれた高野豆腐や煮豆を、孫がすぐに口に含んで「おいしいッ」と一言。味は合格。

 だけどまあ、なんと注文の多い人たちだこと。昔のままの生活をガンとして守り、「あれはいや、こうでないとだめ」と、それにあわせるこっちが大変。でも、よく食べるし、よく眠る。自分のことは自分でできるからありがたいなと思う。

  北野天満宮の満開の梅林を楽しんで、「もうそろそろ暖かくなりそうだから」と、お彼岸前に九州へと帰っていった。

 あと10年で私、80歳、母は100歳。もう負けそうだ。

  早春の海の寒風に身を引き締め、母たちを見習って元気に生き延びてみようかなと思った。

 「旅は道草」は毎月20日に掲載の予定です。これまでの記事は、こちらからどうぞ。

カテゴリー:旅は道草

タグ: / ドラマ / やぎみね

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