90歳・ハリー・ディーン・スタントンの映画「ラッキー」と、72歳・ダイアン・キートン主演の「ロンドン、人生はじめます」を見た。

 二人とも、ほんと、ほれぼれとするカッコよさ。

 ハリー・ディーン・スタントンは、アルフレッド・ヒッチコックの『間違えられた男』(1956)にデビュー以来、メジャーからインディーズ作品まで200本以上に出演した名脇役だ。「ゼン(禅)カウボーイ」ともいわれ、ちょっと偏屈で気難しいスタントン自身をモデルにした映画「ラッキー」が、彼の最後の映画となった。その翌年の2017年9月、スタントンは91歳で亡くなった。

 アメリカ南西部の街に住むラッキーは、神を一切信じず、一人暮らしの90歳。目覚めるとコーヒーを飲み、タバコをふかす。ヨガのポーズを5つ、21回こなすと、おもむろにテンガロンハットを被り、行きつけの店「ダイナー」へゆく。ミルクたっぷり砂糖多めのコーヒーを飲み、クロスワード・パズルに興ずるのが日課。夜はバー「エレインの店」でテキーラ入りのブラッディ・マリアを飲む。「ダイナー」の店主ジョー、ウェイトレスのロレッタ、バーの女主人エレイン、その常連客も、遠くからそっとラッキーを気づかっている。

 ある日、自宅で意識を失ったラッキーは病院にいくが、医者のニードラーから「どこも異常なし。禁煙もストレスになるから必要ない」といわれて、いつもの日常を変えることはない。

 しかし死への不安をふと感じて、ひとりラッキーがたどりついたのは、「生きること、老いること、死ぬこと」を自分なりに受け入れることだった。

 別に哲学的な話ではない。「孤独と、一人は、同じじゃない」「人は、いつかは死ぬ」「死んで無になって、その先は?」「微笑むのさ」とニヤリと笑ってバーのドアをバタンと閉めて出ていくような、そんな感じで。

 スタントン自身、第二次世界大戦時、海軍に従軍して沖縄に上陸したという。ふらりと店を訪れた見知らぬ退役軍人が語る沖縄戦の記憶。米兵に追われ、崖から飛び下りた日本人少女の微笑む顔が、ラッキーの、近づく死への伏線ともなる。

 スタントンの長年の友人でもあるデヴィット・リンチ監督が、バーの常連客ハワード役で登場している。ハワードは「ルーズベルト」という名の100歳のリクガメを愛で、亀に遺産を譲り渡そうと遺言書を弁護士に依頼している。ところが、その亀が家を出て行方不明になってしまう。

 明るく賑やかなシーン。いつも通うタバコ屋のメキシコ系女店員の息子ピピの誕生日パーティに誘われたラッキー。大勢の親戚や友人たちの歌に興じて、彼もメキシコ音楽のマリアッチの恋の歌「ボルベール・ボルベール」を歌う。するとみんなが声をあわせて歌い出す場面が圧巻だ。ほんと、トランプ大統領に見せてやりたい。アメリカ南西部は国境を超えれば、もうメキシコ。彼らはアメリカ本土でマイノリティなんかじゃないんだ。

 砂漠の向こうへ歩いていくラッキーの姿が静かに消え、サボテンの茂みを、ハワードの行方不明になったリクガメ「ルーズベルト」が、のそのそと歩いていく。このラストシーンが、なかなかいい。


 もう一つの映画「ロンドン、人生はじめます」を演じるダイアン・キートンは72歳。1977年、「アニー・ホール」でアカデミー主演女優賞をとった時は30代はじめ。今も、とってもおしゃれ、着こなしが、実にうまい。

 ロンドン郊外の高級住宅街のマンションに暮らすアメリカ人未亡人エミリー(ダイアン・キートン)は、夫亡きあと、発覚した夫の浮気や借金、目減りする貯金、老朽化した所有マンションの修理など、何もかも手つかずのまま。散歩の途中、ハイゲート墓地の夫の墓石を腹立ち紛れに思い切り蹴飛ばし、靴のヒールを折ってしまう。

 屋根裏部屋で見つけた古びた双眼鏡で窓の外のハムステッド国立公園を眺めていたら、公園近くの掘っ建て小屋に住み、溜め池で水浴びをするホームレスの男ドナルド(ブレンダン・クリーソン)の姿が目に入る。17年前から住んでいるらしい。ある日、その髭もじゃ男が立ち退きを迫られ、暴漢に襲われるのを偶然に発見、警察に連絡して助けることになる。

 やがて二人はハイゲート墓地にあるカール・マルクスの墓でのデート、庭先でのディナーや森の中のピクニックなど、二人の気ままな会話が弾んでいく。好きな画家ロセッティが、亡き妻リジーの墓を暴き、自作の詩集を掘りだし、ウィリアム・モリスの妻ジェーンに捧げる話など語りあったりして。

 環境保護運動の若者とのかかわりや、小屋の立ち退きをめぐる裁判支援など、合理主義と個人を尊重する司法判断が示され、さすが「経験主義の国イギリス」と頷く場面もある。

 そしてエミリーとドナルド、二人のその後の選択は?

 彼女は自宅を売って借金を清算し、小さな家を買って二人で住もうとドナルドを誘うが、所有権を得た掘っ建て小屋を「俺は出ないよ」とガンと断る彼。そういう選択もいいなと思っていたら・・・

   数年後、エミリーの家の近くの川べりを古ぼけたポンポン船が通りかかる。小屋と交換した小さな船で水上生活を始めたドナルドとの再会だった。ああ、そういう結末なんだ。

 長く生きるほど、過去の面倒な思い出や家族との関係が、だんだん重荷になるばかり。女も男も、ひとりで生きるのがいちばん。友や仲間はいてもいい。でも時間と距離を上手に保って、好きな時に会い、好きに別れる関係がいいなあと思うんだけど、そんなに、うまくいくかなあ。

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