
1962年、ポーランド。孤児として修道院で育ったアンナ(アガタ・チュシェプホスカ)は、修道女になるための誓いをたてる前に、唯一の肉親である伯母ヴァンダ(アガタ・クレシャ)に会ってくるよう院長から言い渡される。ヴァンダの自宅をひとり訪れたアンナは、自分が本当はユダヤ人であり、本名を「イーダ・レベンシュタイン」というのだと知らされた。
自分の出自も、両親の死の理由も知らずにいたイーダは、ふたりの墓を訪ねてみたいとヴァンダにもちかける。だが、ユダヤ人の遺体はどれも行方知れずで、ふたりを探すことは神の不在を知ることになる、と投げやりに言葉を返すヴァンダ。彼女もまた、心に深い闇を抱えていた。
ヴァンダはしかし、イーダの気持ちに押されるように、彼女の両親が生前に匿われていた農家のある村へ向かうことを決意する。イーダの両親であり、ヴァンダにとっては妹夫婦でもある今は亡きふたりを探す旅路は、イーダのアイデンティティを巡る旅となり、また同時に、ポーランドが抱える負の歴史に触れる旅にも重なっていった――。
・・・
イーダは、ヴァンダとともに両親の命を奪った事実に近づきながら、自分が何者なのか、これまで従ってきた信仰とどう向き合い、どのように生きていくのかを内省する――ヴァンダの人生や、旅の始まりに出会う、サックス奏者として旅暮らしをするリス(ダヴィド・オグロドニク)との恋にも心を揺さぶられながら――。イーダが意を決してベールを脱ぎ、リスの前に現れるときの表情や、彼の期待に応えないことを選択するラストの、揺れながらも意志のある、凛とした表情の美しさが忘れがたい。
一方のヴァンダは、貞潔・清貧・従順を誓うべく信仰に生きてきたイーダとは正反対に、酒・タバコ・セックスを支えに、誰にも頼ることなく生きてきた。彼女は、スターリン影響下の時代に「赤いヴァンダ」と呼ばれる検察官として、ポーランド人を容赦なく裁く側にいた過去をもつ。やがて、ヴァンダが他者に見せる尊大さの奥に隠し続けてきた、心の闇も明かされる。それを、あのように清算するしか手立てがなかったのかと思うと、大戦がポーランドという国にもたらした痛みの複雑さ・深さに、言葉を失いそうになる。
本作は全編モノクローム。独特の画面構成をもち、どの場面を切り取っても、まるで静止画のように美しい。「スタンダード・サイズ」と呼ばれる古典的なフレームで作られているために、抑制的な作品世界が際立っている。人物のセリフは少ないが、全編に流れる音楽が雄弁だ。ヴァンダの部屋に流れるモーツァルトの「ジュピター」や、イーダを包むバッハの「主イエス・キリトよ、われ汝に呼ばわる」、あるいはリスがライブのあとに演奏するコルトレーンの「Naima」などが象徴的に使われている。
『イーダ』を制作したパヴェウ・パブリコフスキ監督は、1957年ワルシャワ生まれ。父方の祖母を、アウシュビッツで失っている。14歳のころに共産主義体制のポーランドを離れ、ドイツ、イタリアを経て英国に定住。本作は、彼が初めて母国ポーランドで撮影・制作した作品である。イーダは彼の、いわば母の世代にあたる。第87回アカデミー賞外国語映画賞を受賞。本作のモノクロームの、悲しみを帯びた美しさは、できるならぜひ劇場で体験してほしい。公式ウエブサイトはこちら。(中村奈津子)
7/27(土)~8/2(金)まで、名古屋シネマテークにてアンコール上映!
監督・脚本:パヴェウ・パヴリコフスキ
制作:イーリク・エーブラハム、ピョトル・ジェンチョウ、エヴァ・プシュチンスカ
撮影:ウカシュ・ジャル、リシャルト・レンチェフスキ/編集:ヤロスワフ・カミンスキ
音楽:クレスチャン・スィリーン・アイトネス・アナスン
キャスト:アガタ・チュシェブホフスカ、アガタ・クレシャ、ダヴィド・オグロドニク
2013年/ポーランド・デンマーク/日本語字幕:岩辺いずみ/字幕監修:渡辺克義/原題:IDA
©Phoenix Film Investments and Opus Film
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