おんなたちの声に耳を澄まし始めたおとこたち

 「女たちの声」は明治から現代にいたる150年程の日本のフェミニズムの流れが瞬時に把握できる、画期的な論考である。「女たちの声」というタイトルが示すように、論文には、一世紀半に及ぶ日本のフェミニズムに影響を与えたフェミニストたちの声が網羅されている。
 日本のフェミニズム運動や研究が蓄積されているにもかかわらず、男女平等が一向に実現しない原因として、論者のひとりである井上輝子氏は2つ挙げている。1つ目は、日本ではいまだに戦前の日本的家父長制度が再生産されていることだ。最近でも結婚した夫婦の約96%が夫の姓を名乗っていることや、いまだに婚外子への差別やシングルマザーへの社会的冷遇が存在する。さらに1つ目より大きな問題として2つ目は、1980年代を境に多くの国が男女差別撤廃へ向けて政策転換を開始したにもかかわらず、日本では性別役割分担型の世帯をモデルとする社会制度を再編強化していったことだ。男性が働く世帯優遇策は、女性が経済的に自立する意欲や選択の道をふさぐ効果を持っている。
 これらの課題を解く可能性は、一体どんなものがあるのか。この可能性に言及したのがもうひとりの論者、上野千鶴子氏である。
 2011年3月11日の東日本大震災の影響で福島第一原発事故が発生した。その年の春から、首都圏の若者を中心とする反原発アクションが国会前で行われた。市民が日本政府の原発支持に抗議したのである。さらに第2次安倍政権の憲法第9条改正案に抗議の声を上げたのが、SEALDsという日本の大学生を中心とした団体だ。ここに若い世代の自発的アクションがみてとれる。2017年にはハリウッド女優たちの間で#MeToo運動が広まり日本にも波及した。同時期の日本では、ジャーナリストの伊藤詩織氏が実名をあげてセクハラの加害者を告発した。これらの状況を踏まえこれまでの女性運動との違いは、若い男性やLGBTQ、SEXワーカーのひとたちも加わった運動として、多様性を帯びていることにある。社会階層を専門とする社会学者はジェンダーを分析変数として取り入れることは、不可避となってきた。さらにいえば、歴史学者も同様である。
 わたしが担当している関西の私立大学のジェンダー関係の授業にしても、200人以上いる受講生のうち、今年度は圧倒的に男子学生が女子学生の数を上回った。10年前に別の大学で女性学の授業を行ったことがある。当時の受講生も200人以上いたが、男子学生はわずか数名程度だったことを考えると、大きな変化である。着実に若い世代にジェンダー研究は受け継がれている。これが日本のフェミニズムの最大の成果といえる。
   日本のおとこたちは、おんなたちの声に耳を澄まし始めた。男女平等が実現するカギは、もう始まっているのではないか。日本のフェミニズムにはその底力がある。

*注 WAN『女性学ジャーナル』は、WANのwebサイト上の研究誌。創刊号編集委員長は井上輝子氏。
https://wan.or.jp/journal#
ここで取り上げた論文「女性の声」は以下から読むことができます。
https://wan.or.jp/journal/details/7

茶園敏美(ちゃぞの としみ)
京都大学人文科学研究所 人文学連携研究者
主著 『パンパンとは誰なのか キャッチという占領期の性暴力とGIとの親密性』(2014年・インパクト出版会)、「セックスというコンタクト・ゾーン 日本占領の経験から」上野千鶴子/蘭信三/平井和子編『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(2018年・岩波書店)、『もうひとつの占領 セックスというコンタクト・ゾーン』(2018年・インパクト出版会)

◆10月19日に、井上輝子氏、上野千鶴子氏などが登場する、日本婦人問題懇話会会報をテーマにしたブックトーク「女性解放をめざした先輩たちと出会う――シリーズ・ミニコミに出会う③」を開催します。詳細は以下からご覧ください。
https://wan.or.jp/article/show/8508
定員にすでに達しておりますが、サテライト会場からはご覧いただけます。みなさまのお出でをお待ちしております。

◆ブックトークに登壇される方々の著書を、シリーズでご紹介しています。すべての関連記事は下記のタグ「ミニコミに学ぶ・日本婦人問題懇話会会報」からご覧になれます。