
あさくらむつこ 早稲田大学名誉教授
新型コロナで、自宅待機時間が増えた。残念なことも多く、世界の先行きも不安だが、「積読(つんどく)」になっていた書庫の本に一冊また一冊と手がのびているのは、「怪我の功名」というべきだろうか。その中から、とくに印象深かった本、柳原恵『〈化外(けがい)〉のフェミニズム――岩手・麗(うら)ら舎読書会の〈おなご〉たち』(ドメス出版、2018年)を紹介したい。
1985年、岩手県生まれの著者は、都内の大学院に進学したとき、東北地方のフェミニズム思想を研究しようと考えた。そのときの人々の反応は、「東北にリブやフェミニズムがあるの?」という受け止め方だったという。しかし著者は、女性史家もろさわようこの『ドキュメント女の百年4 女のからだ』(1979年)のなかに収録された、東北の方言が使われた見事なエッセイと出会い、強く惹きつけられた。それが、石川純子「垂乳(たらち)根(ね)の里へ」(1975年)である。著者は、それを研究の糸口に、石川純子と小原麗子という二人の魅力的なフェミニストと対話を重ね、小原が設立した「麗ら舎」読書会に集う女性たちとインタビューをして、彼女たちの手になるさまざまな生活記録を読み解き、調査と考察を重ねて、本書を刊行した。いわば東北地方フェミニズム思想史といえよう。
「化外」という言葉は、かつて東北に対する蔑称だったが(「中央文化から疎外された地」という意味で)、岩手には、これを自称として引き受け、「中央」に対峙する立脚点としてきた人々がいた。東北の女性たちは、中央から輸入された思想ではなく、そこから得た「知見」を吸収しながら、独自の「化外のフェミニズム」をつくりあげてきたのである。彼女たちは、「女」という標準語で束ねられる存在を否定し、方言の「おなご」という言葉を選択しながら、「地域のなかでやらなきゃ物事変わっていかない」と考えて、「田も作り詩も作る」存在として行動してきた。おなごたちは、女であることを引き受け、おなごのまま、場所性とジェンダーの二重の抑圧からの解放をめざしてきたのだ、と著者はいう。
魅力的な視点であり、登場する東北の女性たちの語り口が心地よい。たしかにフェミニズムは一つではなく、「複数のフェミニズム」として語られつつある。多様な場・多様な状況にいる人々に対して、ジェンダーの抑圧のありかたはけっして同じではない。だからこそ、在日コリアン、レズビアン、障害女性などが、複合した多様な差別について語っているのである。そのなかで、「地域性」「場所性」というものを鮮明に浮彫りにする本書は、日本の各地において展開された女性運動の分析に、方法論上のヒントを与えてくれる。どの地にも生活に根差した独自のフェミニズムがあるはずだ、と。
なお、著者も引用している「麗ら舎」読書会の文集『別冊・おなご』は、ガリ版刷りのミニコミ誌である。この文集のように、長い年月にわたって、全国各地で、日本の女性たちは、読書会を開き、集い合い、語り合い、自ら記録し、文章や詩を書いて、それらを残してきたに違いない。これらは膨大な数にのぼるはずだし、研究上の貴重な資料でもある。しかし図書館に収められているわけでもなく、放っておけば消え去ってしまうしかない。
ところが、NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)の「ミニコミ図書館」は、これらのミニコミ誌を電子化して収録してくれている。貴重な仕事である。新型コロナ鬱(うつ)に陥りかねない日々のなかで、このミニコミ図書館をウェブ上で訪問して、各地の女性たちの語りをひも解いてみるのも、心浮き立つ作業かもしれない。ぜひ、おすすめしたい。
◆あさくら・むつこ
早稲田大学名誉教授 主著『雇用差別禁止法制の展望』(有斐閣、2016年)、『労働運動を切り拓く-女性たちによる闘いの軌跡』(共著、旬報社、2018年)、『労働法(第6版)』(共著、有斐閣、2020年)
◆書誌データ
書 名 <化外>のフェミニズム―岩手・麗ら舎読書会の<おなご>たち
著 者 柳原恵
発行元 ドメス出版
発行年 2018年4月1日
慰安婦
貧困・福祉
DV・性暴力・ハラスメント
非婚・結婚・離婚
セクシュアリティ
くらし・生活
身体・健康
リプロ・ヘルス
脱原発
女性政策
憲法・平和
高齢社会
子育て・教育
性表現
LGBT
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